アドラー心理学とは

アドラー心理学-自分の人生をよりよく生きたいあなたへ

誰もが「幸せになれたらいいな」「人の目を気にせずに自分らしく生きられたらいいな」「そして自分が好きだと胸を張って言えたらいいな」と思っていることと思います。

私は「自分が好きになりたい!!」とずっと思っており、「どうしたら自分が好きになれるのだろう?」と方法を探していました。そしてアドラー心理学にたどり着きました。

「人はどうしたら幸せになれるのか?」アドラー心理学は幸せに生きる方法の指針そのものです。

心から「自分が好き」と言えてこそ自分らしく生きることができる。アドラー東北はそんなあなたのお役に立ちたいと考えています。!!

「アドラー心理学の考える幸福とは?」
自分が他者に必要とされているという実感、いざという時他者が自分を助けてくれるという実感、そして自分は孤独ではなく仲間と共にいるという実感(これをアドラー心理学では共同体感覚という)を持てることこそが人の幸福だと考えます。
共同体感覚を得るために大事なのは他人の幸福を優先するという事です。アドラーはこういっています。

「自分だけでなく仲間の利益を大切にすること。受け取るよりも多く相手に与えること。幸福になる唯一の道である。」

「嫌われる勇気」の出版・ベストセラーになり、アドラー心理学を学ばれる方が多くなっています。
「嫌われる勇気」のいったい何が人々の心に響いているのでしょう。

「生き難い」「悩みが多く苦しい」そう思いながら生きている現代の人々に、今まで考えたことがないような別の人生の視点が与えられるからではないでしょうか?

アドラー東北にも「嫌われる勇気」を読んだことをきっかけに、勉強会やセミナーに足を運ぶ方が増えています。
そして皆さん、自分の悩みについてアドラー心理学の視点で光を当てることで心を軽くしていかれるのです。

アドラー東北では仙台・盛岡でアドラー心理学を学ぶことができます。ぜひお近くの会場で、アドラー心理学に触れて、ご自分の人生の転換を測り、生き生きとした自分らしい人生のスタートを切ってください。

画像の説明

アルフレッド・アドラーは、第一次世界大戦の時に軍医として従軍しました。けがを負った兵士の治療をし命を救いながら治ればまた戦場に送りださなければなりません。アドラーは「人はどうしたら仲良く生きられるのか?」を考えたと言われています。

またアドラー心理学の根底に流れている思想は「どうしたら幸せになれるのか?」という問いに対する答えでもあります。数多くの臨床に基づき、問題のある子供や親子関係の治療をこなす中でアドラー心理学は確立されました。

誰もが幸せになれるまさに「実践心理学」、それがアドラー心理学と言えるでしょう。

アドラー心理学で知っておきたいことは、コアとなる思想、目指すところが「共同体感覚」、そして「五つの基本前提」があり、技法としての「勇気づけ」を用いるということです。

目指すところは「共同体感覚」

「共同体感覚」はその名の通り感覚です。ですので誰かに証明してもらうことはできません。また証明してもらう必要もありません。自分がそう感じている、そう感じられるということでいいのです。共同体感覚が持てている人は「所属感」「貢献感」「自己受容」が持てていると言えます。

「所属感」は、アドラー心理学では基本的な人間の行動の元となる欲求であると考えます。「自分には居場所があり自分はここにいていい。」という感覚です。

「貢献感」は、人は他者の役に立ってこそ居場所を見つけられるということです。貢献というと何かしなければとか、大げさな感じがしますが、究極的には「存在するだけ」で人の役に立っていると感じられることです。

「自己受容」は自分には欠点もあるがそんな自分もありのまま受け入れ好きである、と言えることです。この三つの中で一番大事なポイントと言えると思います。

自分が好きな人は、誰かの役に立ちたいと思いますし、誰かの役に立つことで居場所を見つけられるのです。

「アドラー心理学・5つの基本前提」

アドラー心理学には5つの基本前提があります。前提ですから「これを基準にあると捉えて」という意味になります。

前提として5つを最初の考え方の元とするでもいいでしょう。

「自己決定性」

アドラーは「人間は、自分自身の人生を描く画家である」という言葉を残しています。自分の人生を切り拓くのはまぎれもない自分自身。まさに自分が人生の主人公であるというのです。

私たちは困難にであったり嫌なことがあると、つい周りの人のせいにしたり、環境のせいにしたりしがちです。過去をふり返って後悔することもあるでしょう。しかしアドラーは人間は環境や過去の犠牲者ではないといいます。

私たちは自ら人生を作り出す力を持っていると考えています。未来を見て自分を変えていくことはそれほど難しいことではありません。過去の経験を踏まえて今の自分があるならそんな自分を変えて新しい自分を創るのも自分です。

決断を迫られたとき、私たちはどう決定していけばいいのでしょうか?アドラーは「ユースフルかユースレス」という二つの判断基準を示しています。

普段私たちは「正しいか間違っているか」または「良いか悪いか」という判断軸で物事を決めがちですが、これを他者関係を含めて「ユースフルかユースレスか」で決めるのです。そうすれば双方にとってどちらかが勝者になったり敗者になったり、善人になったり悪人になったりすることがありません。

「目的論」

人は困難に出会った時、または自分が失敗した時「どうして?」「何が原因?」と考えがちです。もう変えることのできない過去を見ても過去を変えることはできませんので有益とは言えないですし、どうすることもできません。

原因を探して「都合のいい原因」を見つけたり作り上げたりして「仕方がないことだったんだ。」と逃げ込んでしまうこともあるかもしれません。これも有益とは言えません。

アドラー心理学は、この原因探しの「原因論」とは逆の立場をとります。

アドラー心理学の特徴は現在から未来へ向かう目的論に根差しています。アドラーによれば人間の行動には必ず目的があります。部下を叱る上司にも「一人前になってほしい」などの目的があるのです。人の行動はすべて「目的」によって説明がつくと考えます。

私たちにとって大切なのは「これから」という未来です。「これから何ができるか」が大事だとアドラーは考えました。

うまくいかない時、失敗した時こそ、この目的論で目的に目を向けこれから何ができるかを考えるのが、アドラー心理学の目的論です。

「全体論」

アドラー心理学は個人心理学です。人間は体と心がセットで一つの個人を形成し分離不能であるという考え方をしています。これを全体論と言います。私たちは自分の行動を無意識のせいにしてしまうことがあります。今までの心理学では心の中に葛藤があるとしましたが、アドラーは、意識も無意識も全部合わせて自分と考えました。目的に向けての行動としてみれば「つい」も「うっかり」も自分の意思であり矛盾はないと考えるのです。

理性ではわかっていても感情が暴走するというのも、理性や感情が勝手に暴走すると考えがちですが、しかしそれもアドラーは矛盾しているのではなく、補い合う関係であると考えます。

「認知論」

アドラーは「人間が客観的に人や物を捉えるのは不可能である。」という立場に立っています。誰もが自分特有の色眼鏡をかけて世界を見ているというのです。

ジェットコースターについても「興味がない」とか「危ない」という人もいれば「怖いから絶対に乗りたくない」という人もいれば「刺激的で何度でも乗りたい」という人もいるでしょう。同じものでも感じ方は一人一人違うのです。知覚とはあくまでもその人の主観によるものであるとする、この考え方をアドラー心理学では認知論と言います。

人は自分の体験や好みに基づいて、しかも自分の尺度で対象を自由に把握します。アドラーが重視するのはまさにここで、客観的な事実よりもその人ができごとや人物をどう捉えどう意味づけているかに着目するのです。

人間関係に悩んでいる場合、主語による認知を意図的に変えることで気持ちが急に楽になったり、悩みがたちまち解決したりすることが実は多いのです。

「対人関係論」

人間の悩みは人間関係であるとするアドラーは、人間の行動のすべてに相手役がいるといいます。これが対人関係論です。相手役とはある人の行動によって影響を受ける人。ある人に対し何らかの感情を抱き何らかの行動で返す人のことです。

それは一人とは限りません。相手役の行動によって自分もまた影響を受けそれがさらに相手役への影響を及ぼします。相手役である自分の対応が変わればその後のお互いの行動は大きく変わるでしょう。人間関係はお互いに影響を与えたり受けたりしているものです。つまり相手を理解しているのであればその人の対人関係を観察することが容易な手段であるとアドラーは考えたのです。

相手役は時に自分であることもあります。自問自答がそれに当たります。たとえば困難にぶつかったとき、自分を励ましたり、誰かに助けを頼もうと考えたりします。その自問自答からその人のライフスタイルが浮かんできます。どのように自分に問いかけ、どう反応し、どう行動するかを調べることでその人を理解して悩みを解決する方法を見つけることができるとアドラーは考えました。

「勇気づけ」

アドラー心理学は別名「勇気づけの心理学」と言われています。ここでいう勇気とは困難を克服する活力と捉えます。「勇気づけ」は困難を克服する活力を与えること、とします。

人間は誰でも「目的に向かう欲求」を持っておりそれを克服しようとします。しかしながらその際には必ず困難に直面することがあるものです。困難に立ち向かう力、克服する力をアドラーは「勇気」と呼びました。

この勇気づけこそがアドラー心理学の最も大きな技法と言えるでしょう。

「これまでに述べた5つの基本前提に基づいて「勇気づけ」という方法を用いて、人生の問題に人が立ち向かい、克服しながら、共同体の役に立つことで幸せになることを目指す。」

これがアドラー心理学の全体像と言えるでしょう。

「アドラー心理学は使用の心理学」

アドラーは著作でこんな言葉を残しています。

「何かをつくるのに必要な材料、設備、力、人手、があったとしても目標がないならばそれらに価値はありません。」

アドラーはこれを人間にも当てはめています。その個人が生まれつき持っている素質がどんなに優れていようともそれだけでは意味がなく、目指すべき目的が定まってこそ価値が生まれると考えたのです。

「うまくいかないのは自分の素質のせいだ」というのは原因論であり、目的論とは相いれない考え方です。

「うまくいかないのは目標の立て方が適切でないためで、自分の素質が正しく使えないから」と考えるのがアドラーの目的論です。

自分の持っているものを最大限に使うにはどうすればいいのかを考えるのです。このためアドラー心理学は「使用の心理学」という側面を持っています。

アドラーの有名な言葉に「重要なことは何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかだ。」という言葉があります。

ないものを外から持ってくるのではなく、自分が今持っている素材を使う発想で目標の重要性を徹底して強調しています。

「劣等感のアドラー」

劣等感のアドラーと言われることの多いアドラー心理学ですが、劣等感というと私たちはあまり良い印象を持ちません。しかしアドラーはこれを「健康で正常な努力のための刺激」と前向きな言葉として捉えています。

子どものころから劣等感に悩まされていたアドラーは、劣等の意味を研究し、器官劣等性・劣等感・劣等コンプレックスの三つを定義しました。

器官劣等性とは、体の器官が先天的な障害などにより劣っていること、。劣等感は、主観的に自分の一部を劣等と感じること、劣等コンプレックスとは自分が劣った存在であることを示しやるべき課題から逃げることを言います。

この三つの中でアドラーが重視したのが劣等感です。他者との比較で劣等を感じることだけでなく、現実の自分と目標とのギャップに対して抱くマイナス感情も劣等感と考えました。

つまりアドラーは、劣等感を目標に向かってよりよく生きようとするための刺激であると捉えたのです。

私たちは多かれ少なかれ悔しい思いをしたり他者と競争したりして頑張った経験があるのではないでしょうか。それらの努力が積み重なり今の私たちがあると言えます。また人類も劣等感をバネに文化を進化させてきたと言えます。

アドラーは人間は常に「優越性を追求する」といいます。ただしその過程で悩みが生じる場合があります。結果だけを追い求めたり、賞賛を得ることが目的にすり替わったりすると劣等感情はどんどん膨れ上がります。また自分がすぐれていることをことさらひけらかす優越コンプレックスに陥る場合もあります。

「性格は変えられる」ライフスタイル

アドラー心理学の重要な概念にライフスタイルがあります。これは私たちが普段使っている生活様式とは別で、その人の性格とか、生き方、考え方、に近い意味です。

その人特有の考え方(思考)、感じ方(感情)、それらが元になった判断や行為(行動)、これらの統されたものを性格といいます。アドラーは、この性格という言葉に「変化しにくい」イメージがあると感じました。

アドラーは、自分次第で自分で自分を変えることができると言っています。性格でさえも努力次第で変えられるというニュアンスを含めライフスタイルと言いました。

アドラー以後も後継者によってアドラー心理学は発展してきました。そして現在ではライフスタイルは信念に近い意味で捉えられています。それは自己概念(現在の自分についての概念)、世界像(世界の現状についての信念)、自己理想(自己と世界の理想についての信念)という三つにまとめられます。

アドラー心理学ではライフスタイルをこのように三つに分けてとらえ、それぞれ問題のある部分を変えていくことで人間関係を改善しようとしています。

おおむねアドラー心理学ではライフスタイルは10歳ごろまでに出来上がると考えています。

「勇気くじき」

勇気づけのところで述べましたが、アドラー心理学でいうところの勇気は「困難を克服する力」です。たとえば上司に「なぜ言ったことができないんだ?」「おまえのせいで駄目になったんだぞ」「まだわからないのか」と言われたりすることはあると思います。

このような言葉を聞くと落ち込んでやる気を失ってしまいます。相手役から困難を克服する力を奪う、こうした行為を勇気くじきといいます。

アドラー心理学では勇気をくじく人は弱い人であると考えます。原因が自分ではなくて他者にあるとして責任を逃れようとしていると理解できるからです。勇気くじきをする人こそ困難を自分で克服することの出来ない人だというのです。

何で?どうして?

こんな問いをすることがないでしょうか?「なぜ?」とは過去の原因を探ろうとする言葉で原因論に根差しています。これはアドラー心理学の目的論とは正反対の考え方です。未来を見ずに過去をふり返っても勇気は生まれません。

また原因論で問いかける相手役が自分自身、ということも少なくないのではないでしょうか。失敗を自分の責任だとして「なぜこうなった」と自分を問い詰め自分を責めます。これは自ら自分の勇気をくじく行為です。勇気づけの心理学といわれるアドラー心理学では、他者に対しても自分に対しても勇気くじきをしないように気を付けます。

「幸福になるために必要な共同体感覚」

アドラー心理学の大事な概念である共同体感覚、アドラーは「仲間の人間に関心を持ち、全体の一部になること」が共同体感覚の基本だとしています。

私たちの生活する社会はたくさんの利害関係が渦巻いています。個人が自分の利益を求める過程で他者の利益をまった考えないとします。すると敵対関係ばかりが生じ、安全な社会は壊れるでしょう。

「自分一人ぐらいなら」という人が多ければ、社会は健全な方向にはいきません。一人が自分一人ぐらいと思ってごみを捨てれば、世の中はゴミだらけになってしまいます。

アドラーは私的論理から離れ「他者も共通して意味のあること」を目的にするべきだといいます。人類は社会を維持するために様々な規則や法律を定めそれを守るように努めてきました。心の持ち方も同じです。個人は全体の一部であり、個人は全体と共に生きていることを実感する。この共同体感覚が健全な人間関係を維持し心の悩みを解消するとアドラーは結論しました。

アドラーは共同体の範囲に限界を設けません。どこまでも共同体です。家庭や地域、職場、はては宇宙まで広く捉えました。

「勇気づけの技法」

アドラー心理学の重要なテーマは勇気づけ。まずは自分を勇気づけることから始めて自分を変えましょう。

アドラー心理学の勇気とは「困難を克服する活力」のこと。人間の悩みはすべて人間関係。自分自身に活力を与えれば人間関係を楽に捉えられるようになるのです。自分を勇気づけられる人は他者を勇気づけることができます。つまり自分を勇気づけられれば対人関係の困難は克服できるのです。

そんな勇気づけは「目的意識を持ってポジティブに考えること」から生まれます。自分を勇気づけるためにはまず過去をいったん保留にして未来に目を向ける目的志向が重要です。目的志向では相手との共同の目的を考えます。その目的の中で自分ができることを考え実行するように心がけましょう。

また悲観的に考えることをちょっと休めてみましょう。悪い未来を想像しても現実は良くなっていかないのは明らかです。楽観的になることで前向きになれます。そして笑顔を忘れないようにしましょう。周囲だけでなく自分も元気にします。

「目的志向で生きる」

自分自身への勇気づけでまず大切な考えは目的志向です。

私たちは困難にぶつかった時「何が良くなかったんだろう?」「どうしてあの時ああしてしまったんだろう」とつ過去に原因を求めようとします。これを原因論とします。たとえば会社で現在とても大変な思いをしているとすると、「なぜこの会社を選んでしまったんだろう」とか「他の会社を選べばよかった」などと考えるかもしれません。でも「違う会社に入っていたらもっと大変」だったかもしれません。

プラスの解釈マイナスの解釈どちらをしても「この会社に決めた」という過去は変えられません。であればその選択は正しかったと信じて未来へ向けて元気を出したほうが自分を勇気づけることができます。

未来は自分次第で変えることができます。そのためにはこれから先何ができるかを考えましょう。これが目的志向です。

自分が本当に求めていることを見据えて、その目的に向かって今からできることを考えます。

同じ転職をするのでも過去を悔やんで転職するのと未来を目指して転職するのでは意味が違います。今後の困難を乗り越え活力を生むことができるのは後者であることは明らかでしょう。

「トラウマ」

人はよく「トラウマだから、私には無理、、。」と言ったりします。トラウマとは精神的・肉体的にショックな出来事に遭遇した時に負う心の傷の事で、これが持続的に続くとPTSDという精神疾患を引き起こします。PTSDまでいくと専門家の治療が必要ですが、アドラーはトラウマの存在を否定し問題はその人の考え方の中にあるとします。

たとえば運動会でビリになり笑われたとします。それに対して「私はもう走らない」と考えた人はトラウマになっているのかもしれません。「がんばって走れるようになろう」と考えた人はどうでしょう。トラウマどころか今や走ることが得意になっているかもしれません。

過去のマイナスの経験がトラウマになるか、発奮材料になるかは今の考え方次第なのです。

深刻な場合を除いて、トラウマだと思っている人は「できない」と思い込んでいる可能性があります。現在でも苦手なこと、うまくいっていないことに直面している人がいるかもしれません。でもそれをどう受け止めるかは自分次第。苦手意識やトラウマをつくるのではなくうまくいくためのステップに捉えたいものです。

「アドラー心理学はこんな方にお勧め」

☑つい感情的になってしまう

☑なんでも人のせいにしがちである

☑自分は駄目な人間だと思う

☑なんでも1人で抱え込んでしまう

☑うまく自分の意見が言えない

☑どうしても嫌いな人がいる

アドラーの提唱した個人心理学では人間の人格は意識も無意識分離不能と考えます。(全体論)相手の長所に気づいても素直に認めなかったり、好きな人を困らせてみたり人間の行動にはしばしば矛盾が見られるものですが、こうした行動も欲求を達成するためと見れば統一が保たれているというのです。先の例で言えばライバルに負けたくない、好きな人に甘えたいといった欲求です。

人間だれしももつ欲求とは「目的に向かう事」です。アドラー心理学はその人の目的を知ることでその人の行動を理解します。そしてその人の目標の立て方が誤っていれば、それを修正しその人が正しい目的に向かって歩んでいくための勇気づけをします。

人間が目標を達成しようとしてもそう簡単にはいかないことがあります。それは人間が社会で生きる生き物だからです。人間関係が良好でないと摩擦が生じたり心がくじけて落ち込んだりすることがあるでしょう。

アドラー心理学はそんなとき自分を変えることで前に進めると教えています。自分を変えて一歩踏み出す。これがすなわちアドラー心理学の勇気づけです。

「アドラーとは?」

アドラーは20世紀はじめに活躍した心理学者で、フロイトやユングと並ぶ同時代の心理学者です。アドラーは良好な人間関係を築くための優れた理論や心理療法を打ち立てました。最近でこそ注目を浴びていますがそれまではフロイトとユングに比べて知名度は決して高くありませんでした。しかしアドラーは個人心理学を確立した心理学と称され、ほかの二人と共に心理学三大巨匠と呼ばれています。

アドラーの個人心理学は、無意識も意識も全部ひっくるめて分割できない一つの個人としたところに特徴があり、のちの多くの心理学者に影響を与えました。アドラーの著作物は決して多くはありません。アドラーの理論の多くはアドラー自身の講演活動や児童相談所でのカウンセリング活動で語られました。

 

アドラー心理学ってどんな心理学?

「あらゆる人間の悩みは人間関係である」とアドラー心理学では考えます。
人間関係が楽になると悩みが軽くなるのです。

アドラー心理学では、一人の人の目標を知ることでその人の行動を理解します。

そしてその人の目標が間違っているなら正しく修正し、その人が正しい目標に向かって歩んでいくための勇気づけを行います。

自分が目標を達成しようとしてもうまくいかないことが多くありますが、それは人間は社会で生きる生き物だからであり、人間関係が良好でないと摩擦が生じたり心がくじけて落ち込んだりすることもあるでしょう。

アドラー心理学はそんな時自分を変えることで前に進めると教えます。
自分を変えて一歩を踏み出すのがアドラー心理学の勇気づけです。

ぜひアドラー東北でアドラー心理学を学んで自分を勇気づけ新しい一歩を踏み出すお役に立ててください。

「アドラー心理学は、こんな方にお勧め!!」

つい感情的になってしまう方
ー些細なことで部下を怒鳴る、妻に夫に強く当たる、「怒りの感情」について見つめ直すことができます。

自分は駄目な人間だと思ってしまう方
ー「気が弱い」「背が低い」など劣等感は本当は人として当たり前の感覚であることを知り、劣等感を建設に敵に使う方法を学ぶことができます。

なんでも1人で抱え込んでしまう方
ー仕事を1人で抱え込んで残業続きという方は上手に他者に協力を求めることができるようになります。

なんでも人のせいにしがちな方
ー「部下に恵まれない」「周囲が協力してくれない」など愚痴の多い方は、思い通りに行かないことを人のせいにしなくてもやれることはあることが学べます。

上手く自分の意見が言えない方
ー争うのが苦手で人の意見に従ってばかりおり周りに振り回されているという方は意見を主張する方法を学ぶことができます。

どうしても嫌いな人がいるという方
ー苦手や嫌いな人に対する視点を変えてみる方法が学べます。

アドラーの生い立ちとアドラー心理学の発展

アドラーは、個人心理学の創設者であり、教育者、ベストセラー作家、そして実践的哲学者です。

アドラーは、劣等コンプレックス・権力闘争・支配したがる人・ライフタスク・ライフスタイル・目的志向行動・共同体感覚などを提唱しましたが、多くの他の作家や心理学者、心理学療法に影響を与えました。

「夜と霧」のビクトールフランクル、「来談者中心療法」のカール・ロジャース、アブラハムマズロー

ロゴセラピー、認知療法、NLPなどの考え方に影響を与えました。

アドラーの基本的な考え方には「人間というものを主観的視点を持った創造的で自己決定的な個人」として見ていたという点があるでしょう。
世界は他の人が見るようなものではなく、その人が見ているものだという考え方です。
また人間に対して全体論的視点を持っていて、人間全体は性的欲動のような「部分」で捉えることはできないという見方をしていました。

アドラー派の分析は相手のことを尊敬しているので、意見を伝える時は断言するのではなく示唆を与えるだけです。

なぜなら個人はその人の人格において専門家であるので、自分でどうしてそうなるかを理解するための導きが必要なだけであるからです。

人間の行動は目的志向であり、すべての行動は社会的文脈の中でなされていて、誰も社会の外に存在することはできないとしています。
なぜなら私たちは家族という共同体に生まれますし、どんなに隠遁生活者であっても父や母はいるからです。

私たちの行動の多くはマイナスの感情からプラスの感情へ、「劣等」から「優越」へと移行するという目的を持っています。劣等感を感じている人たちは間違った思いから本当に苦しんでいると言えます。

アドラーはマイナスからプラスに移るためには人生で獲得しなければならない三つの領域があると考えました。それは「仕事」「友情」「親密さ」です。
アドラーはこれらをライフタスク(人生の課題)と呼びました。

はじめてのアドラー心理学

アドラーは、1870年オーストリアウィーンの郊外に生まれました。
ウィーン大学の医学部を卒業したのち最初は眼科、その後しばらく内科、小児科医をしていました。

1902年ごろから精神分析の創始者であるジークムント・フロイトのサークルに参加するようになりました。
フロイトに信頼されウィーン精神分析学会の会長を務めたり、機関誌の編集長を務めたりしましたが、1911年に学説の対立からフロイトと袂を分かつことになりました。

フロイトはアドラーを「裏切った弟子」と思ってたようでしたが、アドラーは自分を弟子だとは思っておらず対等の共同研究者だと思っていたようです。

フロイトと別れてのちアドラーは「個人心理学」を理論体系化し発展させました。これが今のアドラー心理学です。

第一次大戦があってオーストリアは敗戦国となり、敗戦後の急速な民主化の中で様々な社会問題が起きるようになりました。

アドラーは特に子供たちの問題に関心を持ち、ウィーンに児童相談所を作って問題児の治療や後進の教育に奔走しました。
このような実践の中で、アドラー心理学は次第に現在のような形にまとめられてきたのです。

1926年以降、アドラーはアメリカへ行くようになりました。やがてナチの脅威にさらされるようになり、ユダヤ人であった彼は身の危険を感じて1935年にアメリカに移住しました。1937年スコットランドでの講演旅行中に死去します。

アドラーの死後、第2次世界大戦の影響でアドラー心理学の発展は一時停止となりました。多くのユダヤ人のアドレリアンがナチの迫害の犠牲となったことはアドラー心理学の歴史にとって大きな痛手となりました。
多くの後継者たちが死に絶えてしまっていたのです。

その後数少ないアメリカに亡命していたアドラーの弟子たちにより、アドラー心理学は復興・発展しました。

中でもシカゴに本拠を構えていたルドルフ・ドライカースの貢献は大きいと言えます。ドライカースは当時まだ体系化されていなかったアドラー心理学の基礎理論を今日見るような形にまとめ上げさらに多くの治療技法の開発を通じて、アドラー心理学の実践性を高めました。

アドラー心理学はフロイト心理学とはまったく違った、新しいタイプの心理学です。今日では、アドラーに始まる流れを一括して[人間学派」と呼びます。
この学派に属する心理学者としてはロジャース、アルバートエリス、アブラハムマズローなどが有名です。このいずれもが何らかの形でアドラーの影響を受けています。

アドラー心理学は、それ自体としては大きな勢力ではありませんが、新しい心理学すべてをうるおしている隠れた根になっているのです。

アメリカの地でのアドラーとアドラー心理学

第一次大戦後のウィーンで1922年に世界で初めて児童相談所を開設したアドラーは、教え子や仲間たちと市内に32か所を運営するようになりました。
同様にドイツやハンガリー国内にもできたといいます。

アドラーは1926年からしばしばアメリカに招かれて、コロンビア大学で公開講座の講師を務めたり、ロングアイランド医科大学で講座を受け持ったりし、アメリカでもかなり知られる様になりました。

ドイツ語で出版された「人間知の心理学」は、ウルフによってすぐさま英語に翻訳され、1930年に入ると彼の著書が次々に出版されるようになり、アドラーはアメリカばかりでなくヨーロッパ各地で講演のため旅行をするなど多忙を極めました。

そんな時期にアドラーの故国オーストラリアでは、ナチが台頭し、ユダヤ人の迫害が始まりました。1934年にアメリカに居を移したアドラーは、正式に~35年にはアメリカ人となりました。

人間性心理学の創始者アブラハム・マズローなど、名だたる心理学者がこぞってアドラーのオフィスを訪ねていたのはこの時期です。

アドラー心理学はまさにアメリカの地で花開こうとしていたその時、アドラーは講演先のスコットランドで急死してしまったのでした。

ヨーロッパに残ったアドラーの弟子たちはほとんどがユダヤ人であり、また亡命する力もなく強制収容所で命を奪われました。

ただその中できわめて優秀なルドルフ・ドライカースは、アドラーの死後1937年にアメリカにやってきました。

ドライカースはシカゴを拠点としてアドラー心理学の発展・普及に努めるのですが、当時のアメリカの精神医学会は精神分析が主流で、とてもアドラー心理学のつけ入るすきはありませんでした。

しかしドライカースは活動家でしたので、分析家たちと論争を重ねながらエイブラハム・リンカーン・センター児童相談所を開設するほか、学校教育、家庭教育の分野にアドラー心理学を広めました。
そして教育分野でアドラー心理学の有効性が広められるようになり「勇気づけ」がその中心理論のひとつとして脚光を浴びるようになったのです。

ドライカースは弟子と共に共著の形で精力的にたくさんの本を出版しました。

アドラー心理学はアメリカの教育の土壌にうまく適合したようです。とりわけ勇気づけはアメリカでは「勇気づける」と日常言語化しています。

つまりアドラー心理学の勇気づけはアメリカの風土と当時の教育界のニーズもあって教育分野に浸透していき今日に至っています。

アドラー心理学の勇気づけ

アドラー心理学はこうしてアメリカの風土とマッチした形で教育分野で発展してきました。
ドライカースの勇気づけの定義については以下のような文面が著書に述べられています。

勇気づけてしつける」では「勇気と自信に満ちた自己概念を支える言動をとってやればそれがそのまま彼らの勇気づけになるのです」としたうえで「勇気づけは子供の自尊心と達成感を与えるための継続的なプロセスと言えるでしょう。」と述べています。

また「やる気を引き出す教師の技量」では、「勇気づけは何を言うのか、何をするのかが問題ではなく『どのようにするか』なのです。

勇気づけは子供が自分を信じることが増すのを目指しています。子供を信頼して子供の中に良いものを見つけられる人だけが勇気づけできます。とか「相互尊敬と結びついて考えることに自由と勇気づけがある雰囲気の中では子どもの自信が増して創造的に考える能力が成長します」と説いています。

アドラーが目指したもの

アルフレッド・アドラーは、ユダヤ人医師です。

第一次大戦中に軍医として従軍し、戦場の悲惨な状況をつぶさに見て「どうしたら人は争わずに仲良く暮らせるのか?」ということを考えたといいます。
また第二次大戦の勃発により、アドラー自分もナチスの迫害から逃れるためアメリカに亡命しています。

アルフレッド・アドラー

第一次大戦後の混乱の中で彼は世界で初めて「児童相談所」を開設し子供の臨床を重ねていきます。
そうして生まれたのがアドラー心理学です。

「他者と共に生き、しかも自分らしく生き幸せになる」
それがどうしたら実現できるのかが、アドラー心理学と言えるでしょう。

どうしたら楽に生きられるのか?!

アドラー心理学では人間の悩みはすべて人間関係の悩みであると考えます。
すなわち人間関係が良好であれば、悩みの大半は解消することになります。

「どうしたら楽に生きられるか」は「どうしたら対人関係がうまくいき悩まないで済むか」という事に他なりません

勇気づけ」は対人関係の潤滑油

アドラー心理学の主な技法は「勇気づけ」です。
「勇気」とは「困難を克服する力」を言い、自分自身に勇気を持てれば人間関係を楽に捉えられるようになるのです。
そして自分を勇気づける人は他者を勇気づけることができます。
自分を勇気づけできれば人間関係の悩みは克服できるのです。

私たちは生きていくうえで様々な困難に直面します。その困難を克服するには勇気が必要です。
勇気を持つためには自分を勇気づけできなければなりません。
それだけ「勇気づけ」は重要なのです。

「目的思考で生きる」

自分自身を勇気づける際に重要なのは「目的思考」です。

困ったときに私たちは「どうして?」とか「なぜ?」とかつい過去に原因を求めてしまいます。これは原因論です。

今の職場でとても苦労しているとします。
上司は嫌な人だし、仕事は多いしうまくいかないし、どうして今の職場を選んでしまったんだろうと考えます。
これはマイナスの捉え方です。

方やプラスの捉え方をすると「違う会社だったらもっと大変だったかもしれない。仕事があるだけでもいい。」となるでしょう。

どちらにしても「会社を選択した」のは過去の出来事で変えられません。
ですから「選択は正しかった」として未来へ向けて何ができるのかを考えるのが目的思考です。

そもそもその会社に入ったのは「目的」があったはず。
今この会社で仕事をしている目的はなんだったっけ?
「お金のため」「安定した生活のため」「やりがいを持ちたかった」などいろいろ出てくることでしょう。

そういった目的に立ち返り今からできることを考えるのが目的思考と言えます。

「トラウマにせず次のステップにする」

マイナスの経験をした人が皆トラウマになるわけではありません。
「トラウマだから私には無理、できない」という言葉を良く聞きます。

トラウマは精神的・肉体的にショックを受けた時に負う心の傷の事で、持続的に続くとPTSDになります。ここまでいけば専門家の治療が必要になるのですが、アドラーはトラウマの存在を否定し、その人の捉え方次第としています。

たとえばスポーツの試合で最後に自分のミスで負けたとします。「もうやらない」と決めればトラウマになっているかもしれません。
でも「次こそは」と考えもっと練習すると考える人もいるはずです。
トラウマどころか今は花形選手になっているかもしれないのです。

過去のマイナスの経験がトラウマになるのか、それとも発奮材料になるのかは今の考え方次第です。

深刻な場合を除いて、トラウマだと思っている人は「できない」と思い込んでいる可能性もあるのです。

現在でもなかなかうまくいかないこと、苦手なことに直面している人がいるかもしれませんが、それをどう受け止めるかは自分次第と言えるのです。

「怒りは他者との関係を悪化させるだけ」

怒りにも目的があり、対人関係においてマイナスの作用をする感情です。

頼んでおいた仕事をしていない人に対して上司が怒ったとします。この怒りの感情は何でしょう?
仕事ができていないことに対してでしょうか?
「怒る」と仕事が仕上がるわけではありません。
この際の怒りは約束を破ったことについて「約束を破るのはおまえが正しくないからだ。」ということです。

予定の仕事ができていないことを何とかしなくてはという気持ちが相手を責める怒りででてしまったのです。

怒りの目的を考えることは、本来の目的とは違うところで怒りが生じていることに気が付くことです。

怒りの目的は主に四つです。「自分の正義感を発揮したい」「主導権をとりたい」「相手を支配したい」「自分の権利を守りたい」などです。

仕事を早く進めなければと思うのであれば怒りを使わず優先すべきことがあるはずです。相手とのコミュニケ―ションで問題を解決するほうにエネルギーを使い、怒りをコントロールすることができます。

アドラー心理学のコア理論

アドラー心理学の本はたくさん出ていますが、どれも断片的でありなんとなく全体像がつかみにくいと感じられている方は多いでしょう。

簡単にまとめると次のようになります。

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子育てや教育の最終的な目標としてアドラー心理学が掲げているのが「共同体感覚」を高める・育てることです。
そしてその際に5つの方法論を使い、「勇気づけ」という技法を用いるのです。

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「共同体感覚」は各々が所属しているまとまり(共同体)の中で自分が居場所を持っており、役に立っており、自分が好きであり、同じ共同体にいる他者を仲間と思えることと言えるでしょう。

「5つの方法論」は、全体論・目的論・対人関係論・認知論・自己決定性とあります。

「全体論」は人は分割できない一つのまとまりであり、意識と無意識、心と体、理性と感情は相反しないとしています。

「目的論」は、なぜ?どうして?という原因論とは違って、「どこへ向かって」と人の行動を目的から捉えます。

「対人関係論」は、人間の行動には相手役がおり、相手によって対応を変えているのが人間であるということです。

「認知論」は、人は主観を通してしか物を見られない。それぞれが自分の心のメガネを通して起こった出来事に個人個人の意味づけをしているということです。

「自己決定性」は、環境や生育や他者がどうであろうと最終的には自分の選択で今があり、これからが創られるということです。

勇気づけによって
「全体論」では、「理性」と「感情」の間の葛藤に屈することなく、心身のバランスのとれた状態になることを目指す。

「目的論」では、勇気をくじく原因追求型から、未来の目的をさぐり解決へ向かって進めるように。

「対人関係論」では、課題の分離の原則を守り、横の人間関係を築けるように。

「認知論」では、ベーシックミステイクスに陥らないようにし、健全な心のメガネで世界や物事を見ることができるように

「自己決定性」では、劣等感や劣等性を抱えながらも、建設的な判断をすることができるように。

⇒5つの方法論を通して「共同体感覚」-「自己受容」「他者貢献」「他者信頼」を手助けすることができるように。

⇒これらによって「ライフタスク」を解決しながら人生を歩んで行けるように。

アドラー心理学は勇気づけの心理学

勇気とは「困難を克服する活力」
勇気づけとは「困難を克服する活力を与えること」

アドラー心理学における勇気づけは主な治療方法(建設的方向へ進んで行けるように)ですが、褒めるとどう違うの?という疑問を持たれる方が大変多いです。

ニュアンスの違いもありますし、ベースとなる考え方を抜きにして言葉だけで「勇気づけ」したつもりでも、それは勇気づけにはなりません。

友達とけんかをしてしょんぼりして帰ってきたお子さんに声をかけるとしましょう。

以下いくつかのパターンが考えられると思います。

「そんなことで泣かないの!大丈夫よ。あなたは強い子なんだから。」

親御さんは励ましたつもり、慰めたつもりでしょう。でもお子さんの立場だったらどうでしょう。
「どうせ、私は弱虫だから。お母さんの言うように強くないから。。」と自己否定されたように感じ、ますます落ち込むかもしれません。

何も言わずそっとしておいてくれたり、
「大丈夫?何かあったかな?よかったら話してくれるかな?」と言った言葉だと、自分のことを考えてくれていると思え、自分が受け止めてもらっていると感じるのではないでしょうか。

何も言わないことも、相手にどうするかの選択を任せること(親に事情を話すことも含め)も勇気づけになると思います。

実際どう使えばいいのかわからないと感じる方が多いですが、基本には「相互尊敬」(子供に一人の対等な人間として話をする態度)や「相互信頼」(子どもの力を信じ子どもに任せる態度・姿勢)を抜きにして勇気づけはできません。

勇気づけられた子どもは自らの困難や課題に立ち向かう勇気を持て、自分で解決へ乗り出していく」のです。

「褒める」のは、「上下関係」で「期待する基準に達した時」「結果を出したとき」「評価」などと言った側面があるでしょう。

それに対して「勇気づけ」は、「ヨコの関係」で「自分の気持ちを伝える」「相手の基準で」と言った面があるでしょう。

「自分の人生はいつからでも自分で変えられる!」

ストレスフルな現代社会・人間関係ーあなたの一度きりの人生を自分らしく生き生きと過ごすためにアドラー心理学を学んでみませんか。

アドラー東北でアドラー心理学を学んだ多くの皆様が自分の輝きを取り戻していきます。あなたが、もしも今自分らしく生きていない、生きにくいと感じておられるのであればきっとアドラー心理学の学びがお役に立ちます。

また生きにくいと感じておられる方にはアドラー心理学の学びを通して「なぜ?がわかります。

アドラー東北では理論を織り込みながら一人一人が気づきを得られるよう仙台・盛岡・郡山でそれぞれのご参加の皆様に臨機応変に対応させていただいております。

投げかけられた疑問を皆さんと考えることで様々な視点が得られ腑に落ち自分を振り返ることができます。

今あなたは自分の人生を心から生き生きと過ごしていますか?幸せだと感じておられますか?

今の時代こそアドラー心理学が必要とされています。

自殺者3万人・なぜ命を絶つ人が後を絶たないのでしょう?
そしてその状況はなぜ変えることができないのでしょうか?
いじめや不登校、なぜ次々と子供に関わる問題が出てくるのでしょう?
そして皆がこころを痛めながらなぜ解決できないのでしょう?

アドラー心理学にはその回答があります。

アドラー東北では年間を通してアドラー心理学を東北の皆様にお伝えし、心の健康についての問題提起や解決への道筋を示すお手伝いをしています。

アドラー心理学の目指す「幸福」「共同体感覚」を持てるようになること。

すなわち
「自分と他者を信頼でき、つながり・協力でき・自分には居場所があり・役に立っている」と感じていること

共同体感覚を持てるようになるための方法が「勇気づけです。

アドラー東北のアドラー心理学セミナーはわかり易さに定評があります!!

優しい言葉で噛み砕いて説明をしますのでどなたでも理解できる内容です。
他者との関わりの中で気づきも多く、受けた方の心が軽くなります。
アドラー心理学の良さを知ることができ、学ぶ楽しさを感じられ、何よりも自分の心が楽になるセミナーです。

画像の説明

アドラー心理学の幸福論

アドラー心理学は、精神科医アルフレッド・アドラーとその弟子たちによって確立された心理学です。
現在は北米が研究の中心になっています。

アドラー心理学は、私たちがどうしたら幸福に生きられるのか?という問いに答えるものであり、もともとアドラー自身が児童相談所で子供の教育について観察と研究を重ねた臨床から生まれています。

アドラー心理学は、「私たちがどうしたら幸福になれるのか?」について説いています。

もしもあなたが「今とても生きることが辛い」と感じておられるのであれば、その生き難さはどこから来るのか?

どうあれば幸福を得られるのか?どういう生き方が幸せなのか?そのために必要なことは?などアドラー心理学はあなたの求めるまさに多くの指針を含んでいます。

今まで大事だとされてきた価値観とアドラー心理学の提唱する価値観の違いを述べながら、アドラー心理学の考える幸福とは?について書いておきます。

今あなたは何らかの集団・グループ・組織・に所属して日々を過ごしておられることでしょう。

家族というグループ・会社という組織に入っておられるはずです。

その中であなたは自分には居場所があり、価値があり役に立っていると感じておられますか?

アドラー心理学では、「自分が所属している共同体の中で居場所があり、役に立っていると感じられることこそが幸福である」と考えます。

実は悩んでおられる方のお話をうかがっていると必ずといっていいほど「居場所がない」「自分なんかいてもいなくても。。」という類の言葉が出てきます。この所属感・貢献感の欠如が日本社会の抱える問題の根にありそうです。

アドラー東北のHPを訪れてくださったあなたはきっと今の自分の生活に何かしらの不満や悩みを抱いているはずです。

「今の自分はこれでいいのだろうか?」
「妻(夫)や子供との関係がうまくいかないのは自分が悪いからだろうか?」
「周りの人に嫌われているのではないだろうか?」
「職場でどうも上司に認められていないように感じるのだが。」

そうした不満や悩みを解決する方法は、ただひとつ
あなた自身を変えることです。

周囲の人々に不満がありその人たちに変わってもらいたいというのは難しい。まして自分に都合よく変わってもらうのはなおさら難しい。

しかし自分だけは自分で変えることができる。
そのためにはアドラー心理学を学ぶことが最も適切な方法だといえます。

「そんなことができるの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

確かに自分を変えることは容易ではありません。アドラー心理学でいうところのライフスタイルは8~10歳までに基本形が形作られると言われています。

一方でアドラー自身は自分の性格を変えるのに何才だったら手遅れか?と聴かれて次のように答えています。
「死ぬ1~2日前かな。。。」

そうです、アドラー心理学を使えば自覚的な努力によって性格を変えることは可能なのです。それも今この瞬間に変えることができます・

アドラー心理学は「普通の人々の心理学」

あなたが今日常生活でなんらかの対人関係の悩みを抱えておられるならば&もしもあなたが生き難さを感じておられるのであればーアドラー心理学の対人関係法をお試しになってみませんか?

アドラー心理学は、一般の方々が社会生活を送るうえでなんらかの不具合・不適応を感じた時に活用できる心理学です。

アドラー心理学の目標ー共同体感覚を育むこと

5つの方法論
ー全体論・認知論・目的論・対人関係論・自己決定性

用いる方法ー勇気づけ

アドラー東北が勧める新しい対人関係法のコア

アドラー心理学をお伝えする中で受講して下さった皆様からのご感想や様子をお見受けすると次の項目について日常生活でうまく対応できるようになると人生がとても楽に生き易くなるようです。

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①「課題の分離と共同の課題」を踏まえて人と関わること
②自分と相手が不愉快にならずにNOを言えたりお願いができること
③感情をコントロールできること
④相互尊敬と相互信頼
⑤共同体にとって役立つように協力へ向かって進むこと
⑥相手や自分の良いところに注目して勇気づけしていくこと

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アドラー東北ではセミナーを通して①~⑥について詳しく学ぶことができますので、ここでは簡単に説明だけしておきます。

①課題の分離は、人間関係のスタート地点です。何か問題が起きた時に、「それは誰の問題?」「誰の人生に起こっていること?」「誰が最後に責任を持つの?」として、自分の課題かどうかを検討します。

次に自分の課題であっても一人では対応できない場合には他者に協力をお願いする「共同の課題」へと進むことになります。

逆に他者の課題である場合でも相手に協力を求められれば、自分の意志で共同の課題にするかどうかを決めることができます。

人間関係のトラブルは、他者の課題に土足でずかずかと踏み込むことから始まります。

またなんだか抱え込みが多くて疲れるという方も課題の分離ができておらず自分の課題でないものをたくさん抱えておられることが多いです。

②自分と相手を不愉快にせずにNOを言えたりお願いができること
NOを言えないばかりにたくさんのことを引き受けてしまい、アップアップしておられる方は多いです。

また自分がNOを言われるのが嫌で人に物を頼んだり協力をお願いすることができない方もおられます。

アドラー東北では、自分や相手を不愉快にすることなくNOを言えたりお願いができる方法を学ぶことを提案しています。

これがすんなりできるようになると余計なエネルギーを消耗することなく人間関係が円滑に回っていくようです。

③感情がコントロールできること

感情をコントロールするというと違和感を覚える方もおられるかもしれませんね。

アドラー心理学で感情と言った場合には、急激に発生する情動を指します。

怒りや不安、嫉妬などのネガティブな感情もありますし、喜びといった好ましいとされるものもあります。

アドラー心理学では「ネガティブな感情をある相手役に対して目的があって使う」と考えます。

いずれにしてもあまりにも感情の起伏が激しいと自分が辛いですし、気分で他者を振り回す人も困りものであることは確かですよね。

この上下の起伏が少なくなるだけでもだいぶ心の辛さは軽減されるようです。

④「相互尊敬」と「相互信頼」

相手がだれであっても人間としての尊厳には変わりがありません。

それにもかかわらず、部下であるからとか年下であるからとか、子どもであるからとして上からの対応をしていると、その場では理解したようなふりをしていても陰で相手が反感を覚えてしまいます。

アドラー心理学では、すべての人間は等しく尊敬と信頼を持ってヨコの関係であるとしています。

今までのような上下の関係には、本当の意味の尊敬と信頼は成り立ちにくいのです。

⑤共同体に対して役立つよう協力へ向かって進む

個人主義が当たり前の世の中になってきましたが、アドラー心理学の考える幸せに向かう人生の方向は「協力へ向かって」です。

それぞれの個人を大事にし、尊重しながらも、所属する共同体へ役立つように行動することが、アドラー心理学の提唱する幸せです。

もしも個人の利益と共同体の利益が反しているとい事態になったとき、個人の利益をあきらめても共同体の利益を優先する、そういう人間を育てていくことが、アドラー心理学の子育てや、人育ての目標なのです。

⑥相手や自分の良いところに注目して勇気づけをしていくこと

アドラー心理学では「不完全である勇気を持つこと」を提唱しています。
人は不完全であるからこそ努力もしますし、人間としての魅力があるのです。

完全である基準からできていないことを指摘するのは「減点主義」ですが、アドラー心理学では「加点主義」で物事や人を見ていこうとしています。

たとえ結果が良くなくても、出なくても、コツコツとできることを積み重ねている人の過程に注目して勇気づけていきます。

また不適切な行動をするのは「勇気づけられていない」-「勇気をくじかれているから」と考え、「勇気づけ」によって適切な方向へ行くことを目指していきます。

勇気をくじく視点から勇気づける視点へと変えていくことで他者の良いところを見つけることができますし、もちろん自分の良いところも見ることができるようになりますので、人間関係が格段によりよくなっていきます。

アドラー東北でアドラー心理学を学ぶとどうなるのか。。。。

お2人の受講されたからいただいたご感想をご紹介させていただきます。
お2人とも半年から1年アドラー東北のセミナーに足を運んでくださった方がたです。

いずれもお子さんの問題を抱えておられましたが、セミナーの度に丁寧な振り返りとアドラー心理学の対人方法を実践され、何よりもまずご自分が変わられたことで周りがその結果として変わった例です。

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仙台市・Oさん

先日の講座とその後のニュースレターでは様々な気づきがありました。
一人占めするのはもったいないので、少し長くなりますが、お礼と報告をさせてください!

前回の基礎講座のなかで、先生が私について「気配り名人さん」と勇気づけてくださいました。

その時に一瞬泣きそうになってしまったのですが、その時の切ないような嬉しいような気持ちの正体はなんだったんだろうと、帰りの車中で考えてみて、
次のようなこと を感じて嬉しかったり切なかったりしたのだと思いました。

・人のことを気にしすぎると自分でマイナスポイントと思っていたことをプラスに見てくれる人がいることを感じて嬉しかった。

・先生が笑顔で言ってくれた言葉が信じるに足ると思えたこと。

もともと褒められるのが苦手で、褒められると、イエイエ私なんてとかえって自分を卑下した気持ちになってしまうことが多かったのが、褒められるのと勇気づけられるのはこんなに自分の気持ちが違うんだと実感しました。
そして卑下するのではなく素直に受け取れる自分がいるんだと嬉しくなりました。

・自分自身が子供に先生のような笑顔で言葉がけができていただろうか?と切なくなった。

・親からは自分の行為について褒められたことはあっても、自分自身についてプラスの言葉を(しかも笑顔で)言ってもらったことがないかもと気づいた。

こうしたことに気づくことができる自分がいることに嬉しくて、そのような場所、きっかけを作ってくださった先生に感謝です。

そして、上のようなことを考えると、自分の両親からは勇気くじきばっかしだなぁと、少し腹が立ったり悲しくなったりもし、
最近もお互い不機嫌なコミュニケーションをしてしまった後に、お互いに二次感情を出してしまったのだなぁと思ったり。

また、ニュースレ ターからも、自分自身思い当るところがあり、過去の自分の体験と気持ちの理解が深まりました。

子供が不登校になった頃は、私も私の両親も、保護者が何とかしないと不登校から脱出できないと、あれこれおせっかいしました。

学校の先生やママ友や不登校の支援機関など、多方面に働きかけて問題を解決しようとしていました。
その私の行動自体が子供への(それから自分への)勇気くじきだったかもしれません。

私自身が他人にどう思われるかが気になり、学校に協力をお願いするにしても、クレーマーと思われないかとか悩み中途半端な態度になったり。
子供が通っていたカウンセラーの指示に子供が従うようにと彼を コントロールしようとしたり(自分がきちんと子供を動かせると証明したくて)。

コントロールできないことをコントロールしようとしていて苦しいんだということに気づくのに時間がかかりました。

不登校や親子関係の本を読んだり、親子の悩みを抱える母達のグループカウンセリングに通ううちに少しづつ気づいたのですが…。

もっと早くに誰かが教えてくれてればと思ったこともありましたが、ニュースレターにあるように、人からダイレクトに指摘されてもきっと今のようには理解することができなかったのだと思いました。

もし誰かが指摘してくれたとして私はそこから何を学んだかなと考えると、「自分には気づく能力がない」とか 「誰かのアドバイス頼みになる自分」とか、依存的な自分になっていたかなと。

当初、SMILEを受けたいと思った理由は、「今年中学卒業の息子に対して卒業後の進路についてどう言葉がけをすれば分からないから」だったのですが、
今振り返ると、「どうすれば彼を高校に行かせることができるか」という下心が大半を占めていたような気がします。

もちろん高校進学が叶えばとは思うのですが、最終的には彼の課題と思わなければいけないのだなと。

今後の講座を通して自分の考えや行動がどう変わっていくのか楽しみです。

アドラーに出会えてよかったです。
今月も楽しみにしています。

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仙台市・Aさん

ハードルを超えたとの嬉しいご指摘をありがとうございます。

先生に初めてお会いした頃の私は、頭の中はいつも不安でいっぱいで、それが苦しくて、
アドラーの本を毎晩読み、まるでお守りのようにすがりたい気持ちだったと思います。

ヨガの先生を通じて偶然知ったアドラー心理学なのですが、自分自身と向き合うにはこれだっ、と感じて、
本を読むと安心したり、それを自分に置き換えてみたりしていた、と記憶しております。

そして、ラッキーなことに仙台でセミナーをひらいていらっしゃる高橋先生を知り、
思い切って申し込みをしたわけなのですが、先生が先月おっしゃっていらしたように、
多分沢山の講師のかたがいらっしゃると思いますが、高橋先生のセミナーは、とても入りやすく温かくて、
グループワークが苦手な私でもどうどうと発言できる、ウエルカムな雰囲気の場所でした。

スマイル以降、あらゆる場面でアドラーを実行してみて、私のまわりの環境はかわりました。
周囲のメンバーは全くかわらないのに、不思議なことなのですが、お互いに信頼していることが感じられる、という環境にかわりました。

先日は、娘から「自分が親の立場だったら、って考えてみたんだ」と言われて、
今までは自分自身のことで精一杯だった娘の口から、そんな言葉が出てきて、「とても嬉しい」と伝えると、可愛い絵文字で返信が来たり。

また、娘が祖母に「体に気を付けてね」などと言ったり。私の母も、驚いていました。

息子もついに部屋の片づけを実行!
私が先回りしないことを学んだ事、子供に対して大事な友人という気持ちで接することができるようになったことで、
以前は嫌だったことが楽しくなったり、不愉快に感じていたことが大したことではなくなったり、楽になりました。

卒業ですか?!また明日にでも悩んで高橋先生に悩みを打ち明けに押し掛けるかもしれません。
これからも「何かの時は高橋先生が助けて下さる」と思っております、勝手に。

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「心理学?。。難しそう。。」

そう思われる方は多いようです。でもご心配はいりません。

あまり知られていないのですが。。
アドラー心理学は専門の方たちのための心理学ではありません。

アドラー心理学は、普通の人・健常者が何らかの理由があって少し健康的に過ごすことができないときのための心理学です。

アドラー心理学は「常識的」「健全」「わかりやすい」「取り組みやすい」という特性を持っており、心理学にまったく素養がなくても誰でも学び取り組むことができます。

「常識的であり健全」―普通の人、健常者が何らかの理由があって少し健康的に過ごすことができないときのための心理学です。

「わかりやすい」―アドラーの講義は専門用語を使わずシンプルでわかりやすいものだったそうです。大学で学んでいない人、医師ではない人、普通の人が聴いてもわかる内容のものになっています。

「取り組みやすい」―人生で取り組まなければいけない課題のことを「ライフタスク(人生の課題)」と呼んでいます。その中でも交友関係を含む仕事のタスクは一番取り組みやすいものであり、普通の働く人々には入りやすいものなのです。

そしてアドラー心理学は「私たちはどうしたら幸せに生きられるのか」という人生の根幹の学びでもあります。

現在あなたが抱えている対人関係の問題・自分の問題は「氷山の海面上にでた部分」にたとえて考えてみると、肝心の大部分は海の下にあると言えます。

表面の対処法を実行しても根本解決にはなりません。形を変えてまた別の問題として起こってくることが多いからです。

でもいつからでもアドラー心理学を通して人は適切な方法さえ学べば変わることができます。

対人関係の悩みには、アドラー心理学が提唱する対人関係の基本的なルール(コモンセンス)を学び、それをベースに根本からの対人&対自の対応をしていけばいいのです。

アドラー東北はアドラー心理学の対人ルールをお伝えする「対人関係お悩み解決」の場を提供をしています。

「表面的に他者とうまくやれるということではなく自分という人間がありのままで幸せになりたい」

「自分という人間がありのまま」「他者との関係も良好に」

そういう方にアドラー東北の提供するアドラー心理学の学びはぴったりです。

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自分の人生は自分で変えられる
他の誰でもない自分こそが人生の主人公である

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アドラー心理学は、オーストリアの精神科医・アルフレッド・アドラーによって創られた「個人心理学」であり、今なお進化し続けている心理学です。

アルフレッド・アドラー

アドラーは、フロイトやユングと同時代を生き、フロイトのウィーン精神分析学会の中核メンバーとして活躍していましたが、学説上の対立からのちにフロイトとたもとを分かっています。

アドラーは、人間の悩みはすべて対人関係の悩みであると考えています。

アドラー心理学は対人関係に焦点を当てたシンプルかつ実践的な心理学で、ほかの人とコミュニケーションをとるのが苦手で、対人関係で躓く人に、どうすれば人と人とがいがみ合わずに生きていけるかということについての明快な指針を提供することができます。

アドラーはこの心理学を机上で生み出したわけではありません。第一次大戦後の荒廃したオーストリアのウィーンという困難な環境で市井の様々な人と関わりながら理論を練り上げていきました。

たくさんの人々と夜遅くまで話し合ったり、カウンセリングをしたり、その中から生み出された理論なのです。

ひとえに臨床体験から出てきたものなのです。だからとても実践的です。

またフロイトやユングの理論が心を病む人の心理学として医療現場で応用され注目を集めたのとは異なり、アドラー心理学の主な対象者は普通の人々でした。

「心理的には健常であるけれどもなんらかの要因によって問題行動を引き起こしたり環境に適応できなくなった人を前向きにさせ、社会に適応できるように導くこと」を目的としています。

アドラー心理学の基本的な理論(考え方)

①人間の行動には目的がある(目的論)
②人間を分割できない全体の立場から捉えなければならない(全体論)
③人間は自分流の主観的な意味づけを通して物事を把握する(認知論)
④人間のあらゆる行動は対人関係である。(対人関係論)
⑤人間は自分の行動を自分で決められる(自己決定性)
⑥人間の生き方にはその人特有のスタイルがある(ライフスタイル)

①~⑥の方法を使用して「共同体感覚」を育むのがアドラー心理学の目標です。

共同体感覚

アドラー心理学では、子育てや教育を通して共同体感覚を育むことを目標としています。

共同体とは一番小さい共同体は家族であり、次に学校、会社、地域社会、日本、世界、地球、宇宙と規模の大小はありますが、自分が所属している社会的コミュニティを考えていただければよいと思います。

共同体にとって役に立つ(ユースフル)な人間を育てることがアドラー心理学の教育目標になります。

破壊的な(ユースレス)な行動については、①~⑥の方法論を使い、修正をしていくことが求められます。

①目的論とは?

人間の行動にはすべからく相手役がおり目的があるという捉え方です。一般的に「原因論」が主だった様々な問題行動についてのアプローチが180度転換します。

学生時代にこんなエピソードがあります。教壇の上に立って、ドンッと必ず足を踏み鳴らす女性がいました。
皆はびっくりして彼女の方を向いたものです。
そうです、どうして足を踏み鳴らすのか、理由を聞いても彼女は明確に答えられなかったでしょう。でもその目的は?と問えば「みんなに自分の方を向いてもらいたかったから。」という答えが返ってくるかもしれませんね。

アドラー心理学的には「足を踏み鳴らし皆をびっくりさせて注目を集めなくても、他者はあなたに関心があるし、あなたも別な建設的方法で注目を集めることができますよ。」と言えると思います。

過去の出来事が原因で自分は被害者であるという捉え方をしていると、そこから先へ進むことができませんし、未来に対する新しい希望を持つこともできません。

こうした原因論に対してアドラー心理学は目的論をとります。
これは「人間の行動にはその人特有の意志を伴う目的がある」という考え方で過去の原因に縛られる生き方を明確に否定するのです。

不登校の場合であれば「親の愛情を独占したいから不登校という方法をとっているのではないか?」「教師の体罰に対する復讐のために不登校という方法をとっているのではないか?」など、不登校という行動の目的を探っていきます。

目的がわかれば「もっと子どもと触れ合う時間をとろう」とか「体罰をやめてもらうように教師に言おう」と言ったように対処法が見つかっていきます。

親が勉強しろと口うるさく言ったから反抗してというのも目的論で考えると「そもそも勉強しなくてもいいようにする。」という「目的」のために「口うるさい親」を口実にしていると考えることもできるのです。

感情についても目的があって使っているとアドラー心理学では考えます。

上司が厳しく部下を叱っている時、使われている感情は怒りですが、この怒りにも目的があり、「ついかっとなって。。」にも何らかの目的があると考えます。

怒りという感情の目的は、相手を支配したり、主導権争いで優位に立ったり、上下関係で成り立つ職場では上のものが下のものを怒りの感情を使って上下関係を誇示しいう事に従わせようとしているのです。

また怒りは二次感情としても使われていて、別の一次感情が二次感情の怒りという形で表れています。

お酒を飲むご主人に「いつも飲んでばかりいて。。」と怒るのは「心配なのよ。」という妻の気持ちが一次感情かもしれません。

「こんな職場じゃやってられない」というのも「自分が認められていない」「居場所がない」という寂しさが一次感情であるのかもしれないのです。

感情的になると相手との関係が決裂してしまう可能性が高くなります。
特に怒りの感情は他者に向けると破壊的な結果になります。
もしも怒りを感じたらその目的を考え、その背景にある一次感情に気が付くことで、穏やかで円滑な人間関係を築くことができるでしょう。

②全体論とは?

「頭ではそうしたほうがいいことは理解しているが感情が邪魔をしてできない」とはよく聴く言葉です。

しかしながらアドラー心理学ではこのような考えはしません。
理性と感情は一致すると考えます。
「したほうがいいと理解していてもやりたくない」と解釈します。

勉強をしたほうがいいとわかっていても遊びのほうが面白くて、テレビも見たいし、友達と出かけたいし。

「勉強をしない」という結論が先にあり、理由を後から見つけているという風にとらえます。
いずれにしても本人の意思であるということです。

また医学的には体の症状と心は別のものとして捉えられてきましたが、心の問題(すなわち向き合うべき課題を避ける理由)として体の症状が使われるということも言われています。
人間は分割できない一つの全体としてとらえるという考え方をアドラー心理学では取ります。

不眠症の場合を考えてみましょう。

「眠れない」と言うとお薬を処方されて無理に眠ろうとする人がおられます。しかしながら「眠れない」のは何かが気になっていて考えてしまうので眠れないこともあるでしょう。

その何か、は職場での仕事のことだったり人間関係だったり家族の事だったりするのです。

そんなときに薬だけ出してもらって眠ることは根本的な解決にはなりません。もともとの原因である「考え事」を解決しないと本当に眠れるようになったとは言えません。

目の前のできごと、自分に起こった出来事を、眠れないから体だけへの対処をしても解決にはならないのです。
眠れない時に考えていること、心の問題と一緒に考えていかなければなりません。
そういう意味で心と体は別ではないのです。
「心身一如」-それがアドラー心理学の全体論の言わんとするところです。

同様に感情と理性も分けることができないというわけです。
感情と理性は相反するものではなく、お互いに補い合うものと考えます。

「理性ではわかっているけれど感情がついていかない」とはよく言われますが、アドラー心理学ではそう考えません。

「わかっちゃいるけどやめられない」のは「やめたくない」のだと考えます。

お酒が体に悪いことはわかっているけど、やめられないのではなく、目的論を用いて考えると何らかのメリットがあってやめないと自分で決めているのです。

そのメリットは「お酒の席を設けて新しい契約の仕事をスムーズに運べるようにしたい」とか「ストレスの解消」が目的の場合もあるでしょう。

目的がはっきりしていれば別の方法を考えることができますので、やめることができるのです。それはあくまでどうするかを自分が決めているということに他なりません。(自己決定性)

③認知論とは?

同じ出来事を見たり聞いたり遭遇しても、そのことに対する解釈・意味づけは人ぞれぞれ違っており、各自の主観でもって物事を見るということです。

電車の中で騒いでいる子供に対して、「世の中に迷惑をかけることはいけない」と考えている人は許せないと感じることでしょう。
しかし「子どもは元気なほうがいい。電車の中で騒ぎたくなることもあるよね。」と考える人は、それほど批判的な目では見ません。

人によっては迷惑をかけることを嫌う傾向が強すぎると、騒いでいる子供だけではなく、それを注意しない大人や周りの人たちに不快感を覚える人もおられるかもしれません。

それだけ物事の解釈・主観の意味づけは人によって違うということになるでしょう、というのがアドラー心理学の認知論です。

④対人関係論とは?

人の行動はすべて対他者(または対自分)を視野に入れて行動しているという考え方です。

たとえば他者の存在しない「引きこもり」という行動は、一人でずっといるわけですので対他の行動とは思われないかもしれませんが、実は他者と関わることにより発生するかもしれない危険を避けて自分の安全を守るためという目的だったりします。

いずれにしてもこの世に生きている限り、他者の存在しない関係はあり得ず、なんらかの対他(対自)が人間の行動に影響を及ぼしていると考えるのがアドラー心理学です。

⑤自己決定性とは?

どんな環境に生まれようと、今どんな環境にあろうと人は自分の進む道や選択をあくまで自分の意志で決めているとアドラー心理学では考えます。

ひとり親家庭で育っても、自立して立派に社会人として暮らしている人はたくさんおられます。

また人によってはそれを理由に厭世的人生を送る方もおられます。

ある環境は、その人の人生の決定要因には影響はあるかもしれませんが、決定的ではないという立場をとるのがアドラー心理学です。

あくまでも最後の決定権は本人自身にあると考えるのです。

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人生が困難なのではない
あなたが人生を困難にしているのだ
人生はきわめてシンプルである
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人生が苦しくてアドラー心理学を学ぼうとなさる方は多いです。私ももちろんその一人でした。
でも自己決定性からすると「人生が辛く、苦しい」のではありません。あなたが人生を自分の手で辛く苦しいものにしているのです。

現在の人生を決めているのは「運命」や「過去」ではなく自分の考え方であるという事です。

だからこそ私たちはいつでも決意さえすれば自分の人生をシンプルにすることができるのです。
「人生を困難にしている」のをやめればいいのです。

「運命」はあたかも自分にはどうしようもないもののように考えられますが、しかし「宿命」とは別です。運命は自分で動かすことのできるもの、すなわち自分で動かしてきた結果だと言えます。

私たちの人生は、様々な要因によって影響されてきたことでしょう。それでもそれを上回る決定要因は自分が下してきた決断なのです。
その決断は誰かに強制されたものではなく自分が自分の意志で下してきたものです。

これまでの自分を作ったのは自分。これからの自分を作るのも自分。そう考えると人生はなんと希望に満ちていることでしょう。
私たちはどんなことでも自分で決めてどんなことでもできるのです。

そうはいってもできることとできないことがあるだろうと思われる方もおられるでしょう。

病気やけが、天災、事故など自分自身の力でも如何ともしがたい事柄はあるでしょう。しかしそれ自体を変えることはなくても、それをどのように受け止め意味づけするのかは常に私たちの選択に委ねられています。

アドラーは、遺伝や生育環境等の影響を100%否定したわけではありません。しかしその影響は限定的でありすべてではないのです。

母親にがみがみと叱られて育ったからと言って皆が同じように引っ込み思案になるわけでも、自分ががみがみ叱る母親になるわけでもありません。

アドラーは遺伝や環境を建築材料にたとえました。
同じ材料を使っても同じ家が建つわけではありません。

材料はあくまで材料でしかなく、それをどのように使うかという自由を私たちは持っているのです。

ライフスタイルとは

アドラー心理学では、性格というと変えにくい印象があるためライフスタイルという言葉を使います。

人はそれぞれの人生の目標に向かって、それぞれの方法で向かって進んでいると考えるのがアドラー心理学のライフスタイル論です。

自分の周りをどうとらえているかという世界観、自分はどうであるかという自己概念、自分はどうあるべきかという自己理想の三つの要素がライフスタイルを形成しています。

たとえば人生の目標が「優越」である人でも「他者と競争」という方法をとる人もいれば「自分を高める」という方法をとる人もおられます。

10歳ぐらいまでの記憶をたどること(早期回想)で個人の大まかなスタイルの傾向を知ることができるのもアドラー心理学特有のものです。

アドラー心理学と勇気づけ

アドラー心理学が対他&対自の人間関係に用いる方法は勇気づけ
アドラー心理学は別名「勇気づけの心理学」と言われており、技法面での「勇気づけ」を重視します。

「勇気とは、リスクを引き受ける能力」
「勇気とは、困難を克服する努力」
「勇気とは、協力できる能力の一部」

そして「勇気づけとは、困難を克服する活力を与えること」です。

勇気は「能力」「努力」「協力」と関係しており、勇気のある人は目標に向けてメンバーと力を合わせる能力、自ら貢献する能力を持ち、そして困難を克服する努力を怠らない人ということができるでしょう。

<自分の人生は自分で選択できる>
問題行動は、適切な行動の方法を学んでいないからであり、いつからでも自分の意志で行動を適切に変えられると考えています。

<あなたの良い点はどこですか?>
自分の長所を伸ばし、短所も見方を変えると長所になります。自分の良いところを見つけることで他者の良いところも見られるようになり対人関係が劇的に変わります。

<人生や行動の目的は?>
自分の行動には目的があります。人生には人ぞれぞれの目標があり、そのためにどういう建設的な方法がとれるのかを考えていきます。

<困難を克服する活力を与える・勇気づけの心理学です。>
「困難を克服する活力=勇気」こそが今求められているものです。

アドラー東北提供のアドラー心理学講座3本柱

アドラー心理学は使える心理学です。すなわち日常生活に活かせて初めてその良さが生きます。良さを生かせるようになると、自分が格段に生き易くなりますし、他者と良好な関係を築くことができるようになります。

アドラー東北では三つの柱となるアドラー心理学のセミナーをご用意してアドラー心理学を使えるようになることであなたの幸せをお手伝いしています。

できれば「実践方法」と「理論」をセットで学ばれると、車輪の両輪が揃い、快適に運用していけると思います。

「SMILE」アドラー心理学丸ごと実践編です。
基礎講座」アドラー心理学の理論を学びます。
「ELM」勇気づける人になるための講座で、自分が発信者になることができます。

アドラー心理学がなぜ今必要なのか

「常識的」「健全」「わかりやすい」「取り組みやすい」

「常識的であり健全」―普通の人、健常者が何らかの理由があって少し健康的に過ごすことができないときのための心理学」

「わかりやすい」―アドラーの講義は専門用語を使わずシンプルでわかりやすいものでしたので、大学で学んでいない人、医師ではない人、普通の人が聴いてもわかる内容のものでした。

「取り組みやすい」―人生で取り組まなければいけない課題のことを「ライフタスク(人生の課題)」と呼んでいます。曽野中でも交友関係を含む仕事のタスクは一番取り組みやすいものであり、普通の働く人々には入りやすいものなのです。

アドラー心理学では、人生の様々な問題に対応できないのは以下のケースによるものとして捉えています。

  • 対人関係の基本ルールを学んでいない
  • 体験から学んでいないのでどう問題を解決していいのかわからない
  • 問題解決の行動を起こすための勇気を持てない

基本ルールは学べばいいのです。いつからでも学べます。解決方法がわからなければ誰かに相談することもできます。

しかし自分が解決しようと思う勇気を持てなければすべては始まりません。

対他者の基本ルールを学びながら「勇気をくじかれた人」に「勇気を与える勇気づけ」を提供するのがアドラー心理学です。

アドラー心理学は勇気づけの心理学

考えることは誰でもしますが、考えたことを行動に移すのは誰にでもできるわけではありません。

行動したほうが結果はどうでも自分が納得できるのですが、失敗したら、またはもし駄目だったらと考えるとなかなか行動に移せないものです。

アドラー心理学では失敗はチャレンジの証と考えます。「行動するための勇気を持ち続けること」自分の人生の困難や挑戦に自分なりに立ち向かうこと。

そのこと事体が非常に大事であると考えます。失敗というリスクを自分で負うことは立派な勇気です。

自分を勇気づけること、他者を勇気づけることで人は行動へと一歩を踏み出すことができるのです。アドラー心理学は勇気づけの心理学です。

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アドラー心理学は、前向きで、プラス志向で、ユーモアを大切にする心理学です。

「尊敬」「責任」「社会性」「生活力」

「尊敬」は、人はどんな人でもかけがえのない生命として同じ価値であり、どんな状態にあろうとまったく対等の人間として相手の存在そのものを尊敬することです。

この優れた人権感覚は人と人との関係の中で一番大切なものだと思います。

「責任」とは、自分の取るべき責任を人のせいにしたりせずに自分の力で問題を解決することです。
最近「自由」を人に迷惑をかけなければ何をしても良いことと考える人がおられるようですが、自由とは自分が責任をとれる範囲でのみ許されることです。

「社会性」とは、相手を傷つけないで自分の意見やイエス、ノーをはっきり言うことのできることです。

また「生活力」とは、生きていく力のことで経済的にも生活上でも自分のことは自分でできるということです。

初めての方へお勧めの本

<アドラー心理学全般について知りたい方>

❤「マンガでやさしくわかるアドラー心理学」
岩井俊憲著 日本能率協会マネージメントセンター
マンガでやさしくわかるアドラー心理学

❤「はじめてのアドラー心理学」
アン・フーパー&ジェレミー・ホルフォード著 一光社
はじめてのアドラー心理学

❤「アドラー心理学入門」岸見一郎著
アドラー心理学入門

学校の教員の皆様や教育に携わる方たち向けの本については「学校の教師の方へ」のページでご紹介しています。

ページはこちら⇒学校の教師の方へ

アドラー心理学を実践し勇気づける人になるために必要なこと

(1)他者対応を変える

人とうまくいかない場合にまず考えられるのは、自分のライフスタイルから来る物事の捉え方や行動パターンをまず知る必要があります。

どうも目上の人とうまくいかないなどご自分で意識しているものと意識していないものがあるかと思いますが、大体いくつかの決まったパターンでこじらせている場合がほとんどです。

アドラー東北では「勇気づける人になるための12のステップELM」や「基礎講座」などでご自分のライフスタイルについて知ることのできる機会を設けています。ぜひご活用ください。

(2)物事の捉え方を変える

認知論にあらわされているようにアドラー心理学では「人は物事を自分の主観でもってとらえている」と考えています。同じ出来事を経験しても、それをどうとらえ、どう行動するかは人それぞれです。

たとえば、自分の人生が競争であると捉えている人は、自分の周りの人たちの行動を「自分にとってメリットがあるかないか?」または「この人は自分の敵か味方か?」で判断します。

せっかくうまくいっている人間関係でも「自分が相手の上」に立とうとして壊してしまうことがあります。

または「自分が正しい」を持って相手をさばいてしまうことも見受けられます。

いずれにしても、他者とあまりにぶつかるような考え方の癖は修正していくべきであるとアドラー心理学では考えます。
こういった基本的な誤りについてはアドラー心理学ではベーシックミステイクスと呼んで、他者との破壊的関係につながると考えられています。

共生することを目指す

アドラーは、人間のあらゆる悩みを人間関係の悩みとしています。それはなぜかというと人間は社会を作って暮らしているからです。
組織や社会にとって自分に何ができるかを考えて行動すること、その感覚を「共同体感覚」とアドラーは呼びました

別の表現をすればそれは「共生力」ということになるでしょう。
この共生力こそ人生の幸せを大きく左右するとアドラーは言います。

この共生力を高めるにはどのように考えどのようにふるまえばいいのか、アドラーは明確に答えてくれています。

人生には三つのタスクがあります。
アドラーは私たちが幸せになるためにはこの三つのタスクを重要だとして分類しました。
「仕事のタスク」は、生きていくために必要な役割や義務を行うことで果たすことができます。
人間関係が一時的であるため「仕事」と割り切ることができ取り組みやすいタスクです。
「交友のタスク」は、人間関係がもう少し深く、長く続くものです。
そのため難易度も少し上がります。
「愛のタスク」は、カップルを中心としたもので相手との関係は濃密で心理的な距離も近くなります。
したがって非常に難しい課題と言えます。

これらの三つのタスクは私たちが人生の中で直面し取り組まなければならないものです。この課題を解決し人生を幸せにする秘訣が「共生力」なのです。

共生力は生まれつき備わっているものではありません。共生力を高めるには「他者への関心」を育てる必要があります。

私たちは一人一人異なる悩みを抱えています。しかしアドラーは、「人生の意味を私的にのみ捉えない方がいい」としています。

それよりも、社会のため、誰かのために行動したほうが自分の居場所を見つけやすくなるのです。

そこでアドラーは横のつながりを重視しました。
ポイントになるのが「共感」「所属」「信頼」「協力」「貢献」です。
この5つが他者との関わりで築けるとどうなるか。

「周りの人々が自分の仲間であることを強く感じられる。」
「自分の能力を使って誰かに貢献できる幸せが得られる。」

これが共生なのです。
共同体の大きさはさまざまですし、関係性も様々です。しかしどんな状況であれ自分はその共同体を構成するメンバーの一人であると意識して行動しましょう。

「この行動は他者や社会のためになるのか?」を考えるのです。それを踏まえて行動していくと人間関係に起因する悩みも自然にほぐれていくはずです。

仕事のタスク

仕事における人間関係は一時的で派生的ともいえますが、生活の中で占める時間が長く社会で生きていくには欠かせない課題です。

「協力」や「貢献」の成果も現れやすいので共生力も高める良いトレーニングになります。

「だれかのためにやってみる」それが幸せへのスタート

人生には様々な困難があり小さなことは一人でも解決できるかもしれませんが個人の力では太刀打ちできないこともあります。
特に仕事では期限が決まっているなどの条件もあります。
自分には関係のない事でも困っている人には手を差し伸べてみましょう。

そして乗り越えた仕事は自分の手柄にはならないかもしれません。でも充実感はあるはずです。

「一人一人に役割がある」それが共に生きるという事

もって生まれた能力は一人一人違うのですから同じように育っても同じように訓練されても得意なことと不得意なことがあるものです。

でもできないからといって悲しむ必要もありませんし、相手にダメ出しをする必要もありません。
得意なことだけしていけば不得意なことは誰かがしてくれます。

仲間は批判し合うためにいるのではありません。
不足を補い合うためにいるのです。

「共感」できれば仕事もうまくいく

アドラーは「共同体感覚を持つためには横のつながりを重視しなさい。」と言っています。

相手が何を望んでいるのか、相手の気持ちになって考えられるか、。
共感は横のつながりに欠かせないのです。

相手の立場で考えることは相手の悩みも一緒に受け止めることです。受け止めてもらった人は必ず心をひらくはずです。

「みんなで知恵を出し合う事の素晴らしさ」

どうすれば力の弱い動物から身を守れるか。どうすれば寒い冬をやり過ごせるか、どうすれば飢えないか。

人間は皆で知恵を出し合って便利な暮らしを手に入れてきました。人間がすごいのは弱者も積極的に救おうとするところ。

自分以外の仲間を気に掛ける。
手を差し伸べる。それが人間が地球上でもっとも栄えている理由なのかもしれません。

まず自分からはじめよう

仲間と何かをしなければならない時なんとなく「指示待ち」になってしまうことがあります。
そこには「率先して行動した結果失敗するのが怖い」という気持ちがあるかもしれません。
でもあなたには自分のことを自分でする力があるはずです。
まずあなたから一歩を踏み出してみましょう。
少し勇気を出してその力をみんなのために使ってみましょう。