子育てのコツ

「アドラー流・子育てのコツ」はシンプル

このページをご覧のあなたは子育てに悩んでいることでしょう。
毎日イライラして子供を怒ってばかりいるかもしれません。また子どもが思うとおりになってくれず落ち込んでいるかもしれません。

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上手くいかないのはあなたが悪いのではなく方法が違っているだけです。
以下の点をまずチェックしてみてくださいね。

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☑「どういう子供に育ってほしいかが明確になっていますか?」
☑「子どもの行動の悪いところにばかり目が行っていませんか?」
☑「どんな子供の行動も目的は善であると知っていますか?」
☑「感情的になっていませんか?」

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いかがでしたでしょう?
いくつか思い当たることがありましたら先を続けて読んで行ってくださいね。

「どういう子どもに育ってほしいかが明確になっていますか?」

学校のクラスには学級の目標、会社には会社の理念、共同体(人のまとまり)には、目標が必ずあります。

家庭ではどうでしょう?
「目標がない」のが当たり前のようです。
あなたの子育てが上手くいかないのは「どういう子供に育ってほしいか?」の目標がないからではありませんか?

目標がないと、ぶれますし、目先の対応に走ってしまいます。
目標があれば、子どもへの対応も「目標に添っているか?適っているか?」の検証をすることができます。

「どういう子供に育ってほしいか」はまさに「子育ての目標を持つ」という事に他なりません。

「優しい子に育ってほしい」と思っているのに、ガミガミしかってばかりでは「優しい子」には育たないでしょう。
「自立した子供に育ってほしい」と思っているのに、なんでも手を貸して手伝ってしまえば子どもは自立ではなく「依存」に走ってしまいます。

まずは「どういう子供に育ってほしいか」を明確にしましょう。

「子どもの行動の悪いところにばかり目が行っていませんか?」

子どもの行動について、できていることは当たり前として見過ごし、できていないところにばかり目が行っていると子どもは、いつもダメなところばかりを指摘され自信を失っていきます。

また子ども自身が自分を好きになれないのです。

私たちはそうやって育てられてきましたので、その習慣・癖がついています。
アドラー心理学をアドラー東北で学ぶことにより、その視点が180度変わります。意識的に良いところ、当たり前として見過ごしていたことに視点が行くようになります。

「どんな子供の行動も目的は善であると知っていますか?」

「うちの子ってどうしてああなのかしら?何度言ってもさっぱりいう事をきかない、困ったわ。。」

その行動はあなたに自分を見てもらいたいためだと知っていますか?

アドラー心理学では「どうして?」「なぜ?」という問いはしません。
あなたが困ったと思うお子さんの行動の原因を探しても迷路に入ってしまい解決にはならないからです。

それよりも「なんのため?」と考えましょう。
その困った行動は「なんのため?」でしょう?

「あなたにどうしても自分のほうを向いてもらいたいから」ではありませんか?
子どもは親に好きと言ってもらいたい、愛されたいのです。
そのためにはどんなことでもします。たとえそれが悪いことだとわかっていてもです。

その気持ち理解していますか?

「感情的になっていませんか?」

子どもがお茶碗を食事中にひっくり返したとしましょう。

「またこぼして、お母さんの仕事を増やさないで!!困った子ね。ちゃんとお茶碗を持たないからそうなるんでしょう?何回同じことをするの!!」

と叱ったとします。

子どもはどう感じるでしょう?考えてみたことはありますか?

「また叱られちゃった。僕は駄目な子なんだ。。」
「どうせ僕はできないよ。言われなくてもわかってるよ。嫌いなんだろ!」
「こぼさないように、今度は気をつけなきゃ。でもご飯のとき緊張するなあ。。」

楽しく食事はできそうもありません。

感情的にならなくても伝える方法があるのです。それをアドラー東北で学んでみませんか?
自分がいらいらしなくすむ、怒らなくてすむ、それでいてお子さんが適切な行動を自らするようになる。

アドラー心理学の子育て法は、親御さんが自分のイライラや負担や不安を減らし、お子さんが伸び伸びと育っていく子育て法です。

アドラー心理学の子育て法はSMILEで学ぶことができます。
ぜひSMILEでこの子育て法を学んで「子育てのイライラ」から解放されてくださいね。

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「アドラー流子育て法はシンプル」
アドラーが創始したアドラー心理学は、教育・特に子どもに対する関わり方がメインの心理学です。アドラー自身がウィーンに初めて教育相談所を設けるなどして教育に強く関心を持っていました。
今までの心理学と違い、分析が中心ではなく、実際に使えることができ、使って初めてその効果が得られるのもアドラー心理学の特徴です。

実際のところアドラー心理学の方法はシンプルですが、はじめてアドラーの考えに触れる方にとっては理論は理解できても実践するのは容易でないと感じられるようです。
それは難しいことをアドラーが言っているからではなく、今までの教育とは一線を画した新しい考えを受け入れることに抵抗を感じるからです。
またこれまで子どもに対してしてきたことやいってきたことが否定されるように感じる人もいるかもしれません。

子どもとよい関係を築けて初めて、子どもを援助しなければならない時に力になることができます。この良い関係の築き方について、アドラーはシンプルながら確実に目に見えて関係の在り方を変えうる提案をしていますから、抵抗を感じてもとりあえず今のままでは良くないとお感じになられるのであれば使ってみることをお勧めします。

「教育の目標は自立である」

子どもは小さい時は親の援助を受けなければ生きていけませんがいつまでもその状態にとどまっているわけではありません。
多くの場合には親が思っているよりも早く子どもは自分で考え自力で多くのことをできるようになっています。

しかし親の方がそのことに気が付かずいつまでも子供が小さい時のままだと思っていると自立できないふりをすることになってしまいます。
「子どもが自立する」とはどういうことなのか、親が理解していなければ子どもの自立を妨げる可能性はあると言えるでしょう。

自立には三つのポイントがあります。

「自分の事は自分で決められる」

自分が決めなければならないことを自分で決められること、これが自立の条件のひとつです。

親が指示を出すことが当たり前になっており、それを大人になってからも続けている人は多くいます。いわゆる指示待ち人間であったり、何かをするのに必ず「許可」を求める人です。

これはどういうことが起こるかというと「責任転嫁」が起こります。
自分で決めないという事は、選択の責任を他者に転嫁するという事に他なりません。
自分で決められること、決めなければならないことを自分で決められるようになることが自立するためのひとつの条件だと言えます。

「自分の価値を自分で決められる」

次に自分の価値を自分で決められるということです。自分の言動が自分で適切かどうかを判断できなかったり、誰かに認められなければ自分の価値を自分で認められなかったりする人がいます。

自分で自分の言動が正しいと確信が持てず、誰かがそれでいいといえば喜び、批判されたらたちまち自分の言動を変えるようでは自立できていないという事になります。

なぜこうなるかというと、小さい時から大人から叱られたり褒められたりして育ったからです。
叱られたくない、できれば褒められたいと思った子どもは親の期待に添うために特別によくなろうとし、それが果たせないと今度は一転して悪くなろうとします。

いずれにしてもほかの人と違った人にならなければと思い込むのです。ほかの人と違う事ではなく、ありのままの自分に価値があると思えることが大切で、子どもがありのままの自分を受け入れることができることが大事です。

「自己中心性からの脱却」

三番目の条件は自己中心的な考え方・スタンスから脱却できるという事です。
子どものときは親の援助は必要でしたが、多くの事が自分でできるようになっても何もできないふりをして周りの大人から援助を受けることを当然だと思う子どもは自分が家の中の中心だと思い違いをしてしまいます。

何か困ったことがあっても、ほかの人があらゆる困難を自分のために取り除かなければならないと考えてしまいます。そのような子どもは自分が注目の中心に立てなければ満足せず、もしも思うような注目を得られなければ叱られるようなことをしてでも注目を得ようとします。

通常人は複数の共同体に所属していますが、その共同体に自分の居場所があると感じられることと、その共同体の中心であるということとはまったく別の事なのです。

他の人は必要があれば自分を援助してくれるかもしれませんが、決して義務ではありません。また他の人は自分の期待を満たすために生きているわけでもありません。
それを知ることで自己中心的な考えやスタンスから脱却することが三つ目の条件になると言えるでしょう。

「子どもの勉強について」

子どもの勉強について親は何ができるでしょうか。
子どもが勉強せずにいい成績をとれなかったとして、困るのは誰でしょうか。
親は困りません。困るのは子どもだけです。そういう意味で勉強することは子どもの課題です。
子どもの課題ですから親はそのことについて一切口を出さないのがもっともよい方法です。

しかし子どもの課題でも親は援助することはできます。
アドラー心理学では、いったん課題を分けることを課題の分離といい、協力することを同意したうえで取り組むことを共同の課題と言います。

勉強について何も言わない方がいいとわかっていても黙って居られない親は多いです。まさに子どもの課題に土足で踏み込むことと言えます。
そうすることが親子の関係を損ねてしまい、子どもが勉強をしないという決心を促してしまうことがあります。

また子どもが受験期になると少しぐらい勉強ができても親は満足することができずに口やかましく日々子どもに勉強を叱咤激励します。

成績がよければ親の干渉も問題にならないのかもしれませんが、もしも親の期待に応えられない場合、自分でも満足できる成績が取れなくなった場合が問題になります。

どれだけ頑張っても勉強しても、成績が取れないと感じた子供は勉強を止めてしまうかもしれません。

勉強さえできれば幸福な人生を送れるわけではありません。しかし勉強することで将来他の人に貢献できるような仕事ができる人になるかもしれないのです。
親の働きかけ方ひとつで子どもが勉強にどう取り組むのかが決まるとすれば、将来的に共同体にとって利益になる方法をとることが望まれると言えるでしょう。

「前提は子どもとの良き関係」

アドラー心理学の子育て法のベースは、子どもと親の関係の基本的なあり方にヨコの関係を置いています。
ヨコの関係になれてこそ、子どもは親の言葉を素直に受け入れることでしょう。
上からの物言いでは小さいころはそれでいいかもしれませんが、いずれ反発することは明らかでしょう。

アドラー流の子育てをよりよき自立した社会に貢献できる人の育成という子育てに役立てたいものです。

「叱らない褒めないアドラー流子育て」

子どもが親の言うことを聞かない、問題行動をする、あるいは勉強をしないのをみてつい怒ってしまうと多くの人は思うでしょうし、実際にしているでしょう。

このような時目的は何でしょうか?
アドラー心理学では感情は目的があって創りだされ使われると考えますのでなんらかの目的があってそうしています。

怒りの感情の目的は「支配・操作」「主導権争い」「正義感の発露」「権利の擁護」のどれかです。

勉強をしないことを叱ったとすれば「勉強させたいから怒る」のですから「支配・操作」になるでしょう。

叱ることが有効だと考えているのです。

ところが子供を見て見ると叱られたからと言って勉強するかというと行動は改めない場合が多いです。
それで来る日も来る日も子供を叱り続けなければならないということになります。

子どもの行動に変化がないのであれば「叱ること」は効果がないのですから子どもに勉強してもらうには適切な方法ではないという風に考えるのが理に適っています。

それでもさらにきつく叱ればなんとかなるのでは?と親は考えます。

子どもはなぜ叱られるのか理解できているはずですが、なぜ叱られるとわかっていてそれをするのでしょう?
それはその親の行動自体が狙い・目的だからです。

親が困ることで注意を自分に向けたいのです。
こう考えると親が叱ることは子どもが望んでいることですから叱っていることが問題行動を助長していることになります。
叱ることは即効性がありますが、それは親がただ単に怖いからです。

もしもその通りに行動することになったとしても、叱られないように消極的な子どもになってしまう可能性は高くなります。

また別のケースでは何が良くないのか叱られてもわからない場合もあります。
知らないのであれば叱らなくても言葉で説明すればいいと思います。
なぜ説明しないのかというと子どもが理解できないと思っているからです。つまり親が子供を対等に見ていないからです。

子どもを対等に見ていなければ子どもとの関係はよくなりません。子供も大人と同じで対人関係で下に見られることを好まないのです。

私たちのよくある傾向として子供を叱り子供との関係を悪くし、それで援助しようとすることですが、関係が悪ければ支援はできないのです。

「褒めることの側面」

子どもが学校の試験や模擬試験でいい点数をとったとき、たぶん褒めるという方は多いでしょう。「もちろん」というかもしれません。

勉強の事は基本的には子どもが自力で解決しなければならないことはアドラー心理学の課題の分離に添って対応するとお分かりになると思います。
試験でいい成績が取れようととれまいとそのことの結末は子どもにだけ降りかかるので子どもが責任をとらなければなりません。

それでも「ほめたい」という方がおられるでしょうが「子どもの成績についてほめたりありがとう」とお礼を言うのはおかしいのです。
こどもは親のために勉強しているのではないからです。

子どもを褒めることの問題は褒められないと子どもが適切な行動をしなくなることです。ほめてしまうと褒められなければ適切な行動をしない子供になります。いい成績をとったらお小遣いを値上げするという約束をしたりする場合もあります。

もし結果が伴わなければどうするつもりなのでしょう。

自分のしたことをほめられたら確かにうれしいでしょう。しかしどんな時も必ず褒められなければならないと思ってしまうと褒められなければたちまち適切な行動をしなくなります。

試験でいい成績をとったとして、子どもは当然親に褒められたいと思うでしょう。しかしいつもいい成績をとれるとは限らないので子どもが試験でいい成績をとってきても褒めてはいけません。

褒めなくても子どもは満足しているはずなので親が追加支援をする必要はないのです。

問題はいい成績が取れなかった時です。
そんな時どうしたらいいでしょう。

子どもが落ち込んでいたとしても残念ながら親はどうすることもできません。そのような時に親が声をかけても子どもは誰かに声をかけてもらわなければ自力では立ち直れないと思うようになるかもしれません。

もしも声をかけてもらえば気持ちが楽になるかもしれませんが他の人が必ず声をかけてくれるとは限らないということは子どもに知ってほしいのです。
もしどうしても声をかけたいときには「何かできることがある?」と聞いてみること。
「うん、ある。放っておいて。」という返事が返ってくるかもしれません。

「アドラー流子育て法」

「子どもの行動を理解すること」
「子どもとの関わりかたを学ぶこと」
「子どもが自立するように」
「叱らず・褒めず子どもに伝える」

子どもと関わると必ずぶつかる問題・悩みに対応できるのがアドラー流。

「子どもの行動を理解すること」

良い行動も良くない行動も、ベースにあるのは「あなたに愛されたい」という子供の思い。

子どもが何らかの行動を取るときは必ず目的があります。
この目的に気が付かず、ついつい原因探しをしてしまうのが今の子育てです。
原因で考えるとこうなります。

「どうしてこういう事をするのかしら?」
「なんで言ってもわからないのかしら?」
「どうしていう事をきいてくれないのかしら?」

きっとあなたはそう思っていることでしょう。そしてなんとか良くない行動を止めさせようとするでしょう。叱ったりなだめたりすかしたり。。
その時は効くときもあるかもしれないですが、きっと繰り返していることでしょう。

目的を考えるとこうなります。
「このことで何を得ようとしているのかしら?」
「この子の行動は何を求めているのかしら?」
です。

今の行動が目的を達成するには適切ではないという事ですから、ほかの方法を提示したり一緒に考えてやってもらうのです。

たとえば今困っている問題があるとすれば、まずその目的を考えます。
「自分のほうを向いてもらいたいのかな?」
「自分のことを認めてもらいたいのかな?」

子どもは適切な行動を知っている場合と知らない場合がありますから、知っていて不適切をしているのであれば、その行動にあなたが注目すると子どもの目的を達成させてしまうことになりますし、知らないのであれば他の方法を提示してあげること、一緒に考えてあげることでその不適切な行動を止めることでしょう。

いずれにしても不適切な行動にも子供なりの考えがあってやっていますから、それをまず考えて認め受け止めることが大事です。

「子どもとの関わりかたを学ぶこと」

今までの方法でうまくいかないのですから方法を変えること。
同じことを繰り返していたら同じ結果しか受け取れないのです。

アドラー流子育てのポイントは四つあります。
勇気づけ」「聴き上手」「意見と事実の違いをわける」「自然の結末と論理的結末を経験させる」

勇気づけ

褒めると勇気づけはその関わるスタンス意味や効果が全く違います。

褒めるにはご褒美が含まれますが、結果を重視し、成功した時だけ、行動のみに与えられがちで上から下へであり、親の基準を満たしたときで、次への行動につながらず条件付きです。

勇気づけは、結果だけでなく経過について、失敗した時にも、行動を含む人格への尊敬、ヨコの関係、長所能力を認め、次への意欲を高め、条件がありません。

アドラー流勇気づけの子育てをすると・・・

「子どもが自立します。」

アドラー心理学の子育ての狙いは「子どもを自分の思い通りに支配したり従わせること」が目的ではありません。
子育ての最終的な目標は「子どもが自立すること」
そのためには「勇気づけ」が有効です。
子どもはあなたの友であり友人であること、ヨコの関係を築きましょう。

「子どもが自分を好きになります。」

勇気づけは子どものあるがままを認めることです。そうしてもらうことで子どもは自分に自信を持ち自分を好きになるでしょう。

「叱られたり上から目線で励まされたり褒められる」では子どもは精神的な安定を保てないでしょう。他者基準に振り回されること、他者に合わせることになるからです。

「子どもが自分の力を信じられるようになります」

勇気づけでは、子どもの行動のプロセスに注目します。
結果が失敗でもそこに至るまでに努力したことを認めます。すると、子どもは、結果はどうでも自分をきちんと見てもらっていると感じ、さらに意欲的になり積極的に経験を積み重ねるようになるのです。

その体験を積み重ねることで「自分には問題を解決する力がある」と思えるようになるのです。

「親を信頼するようになる」

親が子供を勇気づけることで親のほうにも尊敬や信頼する態度が身につきます。信頼しているというメッセージが伝わるため子どももまた親を尊敬し信頼するようになっていきます。

勇気づけは価値観を押し付けることではありません。

勇気づけのコツ」心がけ

☑子供の良いところに目が行っていますか?
短所・欠点を見るのではなく長所・才能に注目しましょう。

☑子供の行動のプロセスを重視していますか?
結果よりも努力・プロセスを重視しましょう。

☑不完全さを認めていますか?
親も子も不完全であることを認める勇気を持ちましょう。

☑比較を避けていますか?
他人との比較を避け、子ども自身が目標設定をし取り組んだことに注目して尊敬しましょう。

☑親自身が協調できる存在でいますか?
親自身が人には一人一人の持ち味があり、お互いにその個性を認め合い強調し合うことを示しましょう。

☑信頼関係を築けていますか?
子どもを無条件で受け入れていることが信頼、どんな子供もありのまま受け入れる態度で接しましょう。

☑過去ではなく未来に目を向けていますか?

原因を追究したり過去に囚われると迷路にはまります。子どもが未来に向かって行動できるよう良い面を積極的に見出してあげましょう。

☑子供を支えともに歩む

親は子どもを勇気づけるつもりで言っていても、それが圧力になることもあります。子どもを支えることはともに歩むことです。

☑対等の友人として言葉をかけよう

親子が本当の信頼関係を築くには上下関係ではなくヨコの関係で関わることが大事です。親が子供を一人の人間として信頼し尊敬することこそ勇気づけの基本です。

勇気づけは子どもの目で見て子どもの耳で聞いて子どもの気持ちになって考えることから出発するものです。親が子どもに共感することで初めて勇気づけは成り立つのです。

「失敗はチャレンジの証・成長のチャンス」

失敗を咎めたり叱ったり批判、罰することは逆効果です。

アドラー心理学では「失敗はチャレンジの証」「成長するためのチャンス」と捉えています。子どもが失敗をチャンスとして活かせるように子どもが失敗した時こそ親は子どもを勇気づけることが必要です。

H・オーグラーは
「我々はなんとしても子どもが人生に対して敵意のある態度を身につけることを防がねばならない。そうした態度は常にその子供の劣等感を深める結果につながるからである。」

失敗は問題ではありません。それまでの取り組んだ姿勢について認めることが大事です。今回の失敗をどのようにして回復すればよいか今後同じ失敗をしないためにはどうすればいいかを話し合います。
人間は失敗するものであることを認め自分の不完全さを認める勇気を持つこと。子どもに完全を要求するのはやめましょう。
失敗しがっかりしている子供について共感をし今後どうすればよいかについて具体的に一緒に考えてみることが大事です。

「尊敬し合う事・信頼し合う事」

アドラー心理学では、相互尊敬と相互信頼の関係を大事にしています。尊敬とは具体的にどういう姿勢のことを言うのでしょう。
信頼とはどういう状態のことを言うのでしょう。

「尊敬とは?」

「尊敬」によく似た言葉に「尊重」があります。
「尊重」は相手を自分より劣ったものと見なし、そのうえで相手を認めること。
「尊敬」は相手を自分と同じ価値のあるものとして重んじること。

子どもに対して「尊敬」するということは
その子供が存在しているだけで尊敬しているということ
親から見て「努力が足りない」とか「性格が悪い」とか「能力がない」というように見えても、人としての価値はまったく劣っていないという事

「信頼とは?」

「信頼」という言葉に近い言葉に「信用」があります。

「信用」とは信じて良い根拠があるときだけ相手を信じること
「信頼」とは子どもがどんな行動をしても根拠を求めず信じ続けること

お手伝いをしてくれるから、よい成績をとっているから、一生懸命勉強しているから、いう事をきくから、といった理由で子供を信じることが「信用」
基本的には子どもを信じていないので、現実に「00した」「00している」という条件がつくのが「信用」です。

「信頼」は、たとえ不適切な行動をしてもその子の人格を否定しない。
「やり方を知らないだけで、悪意はない。適切なやり方を知れば言い行動をしてくれるようになる」と子供の可能性を信じ続けることです。

「子どもの自立を促す」

「課題を分ける」⇒「依頼があれば共同の課題にする」

課題の分離」子どもを自立に促すアドラー心理学の子育て法でまず大事なのは「課題を分離すること」です。
課題の分離はSMILEで学ぶことができますが、タスク上の課題と心の課題があります。

タスク上の課題は、アドラー心理学のいわゆる三つのタスクに関して、誰の課題でその課題に取り組まないことで誰が困るのか?ということです。

心の課題は、誰かや何かに対してどう考えるか、その考えは誰の考えか(課題か)?ということで、岸見一郎先生が「嫌われる勇気」の中で「考えについても課題を分離するという事に言及されました。

たとえば学校で勉強するのは誰の課題かといえば「子どもの課題」です。
勉強をしないことで発する責任をとるのが子供だからです。

また勉強をしないことについて「それでは困る」と親が考えるのは親の課題です。
このようにタスク上の課題と気持ち(心)の課題があります。

子どもに何か問題が起こったとき
「私が何とかしてあげなければ・・」と感じることは「自立を阻害する」

「なんとかしなきゃ」「なんとかしてあげなきゃ」
親であれば子供の問題に対してそう感じることでしょう。

しかし頼まれてもいないのに口を出したり手を出したり子どものかわりに問題を解決することは「自立した子供に育てる」ことにつながるのでしょうか?

またこういった行動が親子のトラブルの原因になったり子供を依存的にする大きな原因になっているのです。

何か問題が起こったとき
「これはいったい誰の課題なのか?」と考えて親の課題と子供の課題にまず分けてみます。
そうすると感情的にならずに解決の方法がわかってきます。

「子どもの課題に親が口を出すとどうなるのか」

「子どもが自分で問題を解決する力を伸ばせないので自信のない子供になる」
「子どもが依存的になり責任を親に押しつけるようになる」
「子どもを感情的に傷つけることになるので子どもは反抗的になる」
「親がいそがしくなる」

親が毎回子どもの課題に口を出し、指示をすると
子どもは親が自分の問題を解決してくれると思い「指示待ち人間になる」

親が子供の気持ちに添わない指示をすると
子どもは反抗し親に逆らい親子関係が悪くなる

「共同の課題」

共同の課題は自然になるわけではありません。
「子どもが親に自分の課題について相談したり依頼してきたとき」
「子どもが何らかの行動をした結果親が具体的な迷惑をこうむったとき」
に「共同の課題にする」話し合いを持つことができます。

話し合いの結果として「共同の課題にならない場合」もあります。
あくまでお互いの意思が一致した時に限り、また共同の課題にした場合でも親が協力するのは課題の一部分であり、最終的には個人の課題は個人が解決するのが前提です。

また次のステップを踏むことが重要になります。
「言葉に出して相談・依頼する」
「共同の課題にするかどうかを話し合う」
「共同の課題になったら協力して解決策を探す」

「子どもの課題を共同の課題にする場合の親の心構え」

「なるべく放っておかない」
引き受ける引き受けないは話し合いの上で決めます。相談されたときに放っておくと「自分は親に大切にされていない」と子どもは感じます。そして「親に相談しても仕方がない」と思うようになり相談しなくなります。

「共同で行う」
子どもから相談され共同の課題にした場合に親ができるのは解決する方法を一緒に考えることです。一緒に考え一緒に解決する(協力する)。

「親が解決しない」
共同の課題にしたからと言って親が解決してしまうと「親がなんとかしてくれる」と子どもは依存してしまい自立しなくなります。
答えを与えず答えに至る道筋を考えていきます。

「理性的に話し合う」
子どもの行動で親が影響を受け、共同の課題にする場合でも、感情的にならずに理性的に話し合うことが必要です。

「援助する親を目指す」

子どもはもともと探究心があり、冒険家で知りたがり屋です。
自分の思いついたことを実際にやってみないで禁止されると子ども自身は納得しなかったり物足りない気持ちでいっぱいになります。

親は子どもが創造力・探究心・冒険心を満たせるよう「援助者」になることが必要です。
子どもにできるだけ体験を通して物事を考える機会を持たせることが大事であり、もしもどうしていいのかわからなくなって相談してきたり助けを求めてきたりしたらできるだけ援助をしてあげることです。

親子で協力する方向へ進むことが大事になります。

「家族で話し合う機会を定期的に持つ」

アドラー心理学の親子関係セミナーSMILEでは、「家族で話し合う機会を定期的に持つ」ことを勧め「家族会議」を提唱しています。

それぞれが自立した存在になるために個人が自分の意見を対等に言い合える機会を持つことは大変有効です。

その際には以下のポイントを押さえておくようにしましょう。

「話し合いで取り上げるテーマ」
家庭内の仕事の分担。誰かの心配事や不平不満。喧嘩や仲たがいの解決法。家庭内での喜び事。レクリエーションの計画。

「話し合いをする時間や頻度」
全員出席が原則・定期的に同じ曜日や時間帯・家族が負担にならない時間設定。

「進め方」

議長を決め記録係も家族が順にその役割を担う
聴き上手・勇気づけ・メンバーを傷つけない接し方を意識し話が横道にそれないように。
不平不満や批判が続いた場合、話し合いは問題解決の場であることを意識するように提案し話が横道にそれないようにする。
解決が難しい問題があるときにはたくさんの案を皆で出し合い納得できる解決策を導く
誰もが一票を投じられるようにする

体験から学ぶ・アドラー流子育ての基本

「失敗はチャレンジのあかしであり・失敗こそが勇気づけのチャンスであるとアドラー心理学では考える」

アドラー心理学では子育ての中心に「体験から学ぶ」を置いています。
近年子どもの失敗を恐れる親が事前にどうすればうまくいくのか方法を教えてしまい、自分で考え行動することのできないお子さんが増えています。

創造力が働かない、結果を予測できないのです。
これは親が子どもに失敗をさせないことから、失敗したら次にどうするかを考える必要なく育ってきた結果と言えます。

アドラー心理学では子どもの失敗こそを大事にします。失敗を不適切とは見なしませんし、結果として失敗したとしてもチャレンジの証、学習のチャンスと見なします。

子どもが家事のお手伝いをしたり、食事中に失敗したりということはよくあることです。

親がこういう失敗を叱ると子どもは「失敗は悪いことだ」とか「失敗してはいけない」という思い込みを持ったりし、失敗して叱られるのであれば手伝わないようにしようと考えてしまいます。

反対にもし親が「失敗よりもその後の結果の中で何をどう学ぶか」を大事にすれば、子どもは様々なことを学びます。

食事中にお茶碗をひっくり返して味噌汁をこぼしてしまったら、「お茶碗をしっかり持たないとひっくり返してしまうこと」「熱い味噌汁を皮膚に受けてしまったらやけどをすること」その手当などを学ぶことができます。

そして次にこの失敗を繰り返さないためには何ができるかを考えることができます。
「お茶碗をひっくり返す」という失敗ひとつから多くのことを学べるのです。

子どもが失敗を恐れるか、失敗から学べることができるようになるかは親の対応次第ということがお分かりになるでしょう。
失敗をチャンスとして活かすには親の勇気づけが必要ですし、体験から成長する援助者になりたいものです。

「欠点は見方を変えれば長所である」

アドラーはこういっています。
「大事なことは何を持っているかではなく持っているものをどう使うかである」

人は誰でも欠点を持っています。それは親でも子供でも同じです。
私たちはどちらかというと自分に対しても他者に対しても欠点を見がちです。

自分のお子さんにもしかしたら「この子は短所ばっかりが多くて長所はあまりないな」と感じているかもしれません。
そう感じるとついつい欠点を指摘して欠点を直そうとします。

指摘された子どもはどう感じるかというと、意欲を失っていきます。子供の長所を発見して、それを認めてあげることが、子どもを勇気づけて育てる大事なポイントです。

欠点は視点を変えると長所になるのです。

「あの子は雑でねえ。。」と子供の書いたノートを見て思うかもしれませんが、それは細かいことを気にしないおおらかな性格と考えることができるかもしれません。

「そそっかしくて少しも落ち着かない」のは「すぐに行動する能力がある」のかもしれません。

「人の世話ばかり焼いておせっかい」も「自分のことより他者を優先させる優しさがある」と考えることもできるのです。

アドラー心理学の勇気づけは、長所を見つけることももちろん大事ですが、今まで短所だと思っていたことを長所として捉えることも大事なことと言えるでしょう。

「叱る・褒める&過保護・過干渉に代わる方法」

アドラー心理学の子育て法では今まで見てきたように、叱るや褒める、過保護や過干渉の子育てを良しとしません。
そのかわりに別の方法を提唱しています。
子どもが自ら体験を通して学ぶ子育て法です。
それを「自然の結末」「論理的結末」といいます。これらの実践から子供の自立心と責任感を育んでいくことができます。

「自然の結末」-親の関与なしで自分の行動の結果を子どもが体験する方法です。
親が先回りしてこのままでは良くない結果を招きそうな事態を回避することがあります。これはせっかくの体験のチャンスを逃すことになります。
口を出したくなるのを我慢して、体験から学ぶ機会をなくさないようにしていきます。

「論理的結末」-事前に親と話し合いをし、そのうえで子どもにどうするか決めてもらう方法です。
「それをするとどうなるかな?」と子ども自身が考えることで物事の先がどうなるか予測する力を養うことができます。そして結果を自分が引き受ける責任を学ぶことができる方法です。

最終的には失敗したとしても親が責任をとることはしません。なぜなら自分の行動の責任をとるのは自分であることを学ぶチャンスだからです。

「実践上の注意点」

自然の結末の場合には、子どもの行動が子供や周囲の人たちに明らかに破壊的結果をもたらす(安全や命の危険がある)場合には使わない。
また子どもが小さすぎると体験から学ぶレベルに達していないのでその際には控えたほうがいい。

論理的結末の場合には、親子が冷静に話し合える関係で運用することが大事で、親が威圧的であったり親子関係が悪い状態であったなら子どもは罰として捉えてしまう。
親自身の対応に一貫性が必要である。