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アドラー東北一人ごと

アドラー東北一人ごと

アドラー東北・高橋がひとり言を更新していきます。

2017・5月10日

一口に他者理解と言っても様々なことが言われますが、アドラー心理学の認知論でいえば、支援する側がクライアントの話を聞いて自分の認知でクライアントの話を評価してしまいがちです。
クライアントの認知で起った出来事を捉えなければ、問題解決のきっかけはつかめません。

いじめや不登校の対応を見ていると圧倒的にこのクライアントの認知を知ろうとする感覚が欠如しているように感じています。

ギャップがあるのは認知論では当たり前であり、自分の認知で考えるのは決して当事者に寄り添える支援とは言えません。

アドラーの言う「相手の目で見て、相手の耳で聞いて、相手の心で感じる」というのは、そういう事だと思います。
アドラー東北でリーダーの資格をとったり、カウンセラーの資格をとったりしても、このアドラーの言う態度を身に着けなければ、クライアントは自分を理化してもらえていないと感じ離れていくでしょう。

このことに気が付いて初めて「あなたはその出来事をどう捉えたのですか?」と聴くことができ、相手の意味づけを知り、これからできることを共に考えることができるのであるとアドラー東北では考えています。

2017・5月6日

GWもあと二日となりましたね。我が家は月曜日までお休みなのであと三日あります。

アドラー東北に通って来られる方の中には長い人はもう5年、2~3年通って来られる方はざらにおられます。
「いつまで通えばいいの?」と考える方もおられるでしょう。

そんな問いが自分の中に浮かぶこともあるでしょう。私が言えるのはとりあえず「陰性感情を使わなくなるまで」かなと思います。

発信者(たとえばリーダーと言ったような場合)には、常に検証が必要ですから、日常生活でアドレリアン的態度が確実に身についたと感じられ、それが他者にも認められ、という感じになるまでは必要でしょう。

発信者側ができていないのに発信しても受け取り手には信ぴょう性がないと捉えられるだけです。
「あなたはできているの?」という事になるでしょう。

自然の結末に従っていずれやれなくなることはお分かりかと思います。
やれている人はみな日常生活でアドレリアンとしての態度がある程度身についている人です。
不完全であることを認めてもそれを言い訳にせず、常に高い理想を掲げて日々アドレリアン的生活態度を実践していこうという人しか残っていきません。
勇気づけの耳触りの良い言葉になれてしまうとこの自己研鑽を怠りがちになります。
学んだ人にこそわかるアドラー的生き方の厳しさと言えるでしょうね。

一生をかけてアドラーを学びアドラーを発信し続ける、これはアドラー東北の使命でもある。そんなことを感じながら朝のひと時HPの更新をしている日々です。

2017・5月5日

子どもの日です。子どもの日に何を考えるか。
これからの子供たちに私たちは何ができるか・・を考える日でしょう。
いじめについて書きました。
一日も早く縦の関係から脱却してヨコの関係で子どもと関わる大人が増えること。。
アドラー心理学を通して伝えていきたいことですね。

2017・5月4日

少なくてもアドラー心理学を学んだというなら、アドレリアンであるというならば、アドラー語を話せること、他者への配慮ができること、日常生活で実践できていること、不完全でありながらもそれをしようと思っていること、資格保有者であれば身近なところから自分にできることからアドラー心理学的生き方を実践・普及しようとしていること。
学びましたがやる気がありません、できていません、できません、は論外だと思うんですよね。

多少厳しいことを言わざるを得ないこともありますが、それを批判や評価として捉える、「叱られた」と思うのであれば縦関係で人間関係を捉えてるのであるし、極端な認知は変わらないでおり、自分が変わらなければ何も変わりません。アドラー心理学を学んだというのであれば変わった・・ところが出てくるはずなのですが、、。

なんでも「自分はOK」とか「相手はOK」とかいう誤った解釈があるとすれば発信者側の責任でしょう。
本だけ読んでわかった気になっているとはこういうこと。
アドレリアンルールは厳しい。厳しさが分ってこそ本当のアドレリアンだと思うのですが。。

2017・5月2日

4月の予定が終わり、GWに入って少々気が抜けています。
アドラー東北でアドラー心理学を提供してできること。
健康的な人間関係を雰囲気で知ってもらい身に着けてもらう事。
自分の抱えた問題を「悪いあなた可哀想な自分」をやめて「できること」を考えてもらう事。
劣等感を言い訳にしない生き方を身に着けてもらう事。

そんな感じです。
最初は自分の抱えた問題を持って来てもらいます。
自分の抱えた問題を解決するという事は「今の状況であなたにできること」を探すという事です。

劣等感を言い訳に自分の課題に向き合わない人には劣等コンプレックスを使わせないように封じます。

「イエスバット」を使わせない、言わせない。
臨床は深いわあ・・(笑)

2017・4月28日

ずっとやりたかったのがSMILEのフォローアップ講座で、これができてやっとアドレリアンを育成できる段階に行けるという感じです。
アドラー心理学の情報を得て自分に都合よく使おうとする人ばかりが増え、真のアドレリアンを育成したいとずっと思っていました。
自分の振り返りも含めて一緒にアドラー道を極めていきたいなと思っています。

2017・4月27日

なんとなく過ごしてしまっているうちに今度の土曜日は郡山会場ということになって、そろそろプリントの準備をしなくちゃという気持ちになっています。
郡山はいつものメンバーが結構いて、そのメンバーが参加するかどうか次第というところがあり、これは盛岡も同じ事情で、新規開拓が一番の問題ですねえ。
そんなに見込み受講生がいないわけではないが動かない。
動かないのは見込み受講生ではないってことか。。(笑)
的を外しているような気もするし、ここはひとつ絞っていきましょうかね。

優しさっていうのがアドラー心理学を実践できているものとして必要だと思うんだけれども菩薩の心・・はて口当たりの良いのが菩薩なのかというとそれはなんだかなあ・・と思わないでもない。
べたべたと寄ってくる人を不愉快と感じるのは母との記憶にさかのぼる。

「べたべたするのは気持ち悪い」これは母の価値観であり、他者とはその辺で不具合を生じそうです。
でもその辺は理解してもらえそうもないなあ。。

2017・4月25日

仙台会場が終わり、若干呆けています。
盛岡と郡山は人数が少ないのでゆったりできて自分的にはあまり疲れないのだけれど、仙台はいつものメンバーがいるからこそなんとかやれているという感じです。
頼りがいがあるというか、頼れる相手がいるというのは本当に心強いです。
その場にいてくれるだけでありがたい。

私自身はそう思っているんだけれども、相手によっては新規さんが増えてくると「自分が来てもいいのかしら?」と思ったりしているようで、来てくれればうれしいし、心強いし・・がどうも伝わらないでいるかなと。。

逆なのよ~来てくれるだけでとっても私は精神的に楽なんだよといいたい。。

2017・4月23日

今日はこれから仙台です。なんだかんだと53~5名様。
いつメンに受付のご協力お願いしたいなあと。。

4つの講座で各定員15名ですから、満席が3つ(定員オーバーしている可能性のあるものもあります。)

カウンセリング基礎は8名でちょうどいい感じですね。
今ブリーフセラピーの基本をやっているところです。

力量不足であるにもかかわらずやっていれるのは、八巻先生やギルド仲間の助けがあるから。
ノーギャラで・・と言ってくださるのですが、まさかそんなわけにもいかず(笑)お支払しなきゃ・・と頑張れる自分がいるしね。

やり続けていると、自分が何を残して何を捨てるかが明確になっていきます。それは失敗があるからこそ。
なんとなく定まってきたなあと感じるこの頃です。

2017・4月17日

郡山はアドラー心理学の勉強会感情コントロールが結構人が来る模様。ネガティブな感情は使わなくなってしまえば別にどうという事もないのだけれど、使って他者を操作しているうちは人間関係はうまくいかない。

でこの辺ができてこないと課題の分離やらアドラー心理学の人間関係法は、やれないのである。

仙台は、アドラー心理学の基礎講座があと一人で四月分は締め切り。盛岡でもワークでだいぶ楽しく盛り上がったので、仙台は人数が多い分さらに盛り上がるだろうと楽しみにしている。

実際のところ盛岡でやってみて、やり方を工夫したりリハーサルができるのでその辺は助かっており、いずれにしてもいつも来てくださる方たちがいる限りは続けて行こうかと考えている。

さて「課題の分離」とカウンセリング演習の構成と資料を考えないとねえ。。

2017・4月16日

昨日の盛岡のアドラー心理学勉強会は「課題の分離」を取り上げましたが、段取り悪く仙台までにやり直しをしないとという感じでした。

導入を考え直さないと・・。

で大体盛岡会場は12人ぐらいが入れ替わり立ち代わり来るので、5~6人で落ち着きます。
現状そんな感じなので、地方都市としてはそれぐらかなと。。

次の勉強会は「こじれた人間関係」を取り上げます。
なぜこじれたのか・・そこに自分の行動の失敗パターンがでてくることでしょう。

2017・4月15日

アドラー東北のメルマガのバックナンバーを整理しています。
最近続き物が多くなり、前の回を読めるようにとメルマガのページにリンクを貼りました。
お問い合わせやらお申し込みが増えているので、途中からメルマガを読みだした方もさかのぼって読むことができるようにしたいと思います。

今日は盛岡でセミナーです。
各県で自立して勉強会を始めるリーダーさんが出て来てくれるとうれしいなあと感じています。

来てくださった人たちと一緒に学ぶというスタンスであれば十分実現可能だと感じています。

2017・4月14日

大体週二回のメルマガを書くのに一回2時間はかかるので、あれこれやっているとあっという間に時間が過ぎていきます。

明日は盛岡でアドラー心理学勉強会とアドラー心理学基礎講座です。
いつも盛岡に来てくれるメンバーが仙台会場へ移動するので勉強会は人数が少なくて基礎講座のほうが5名さまの参加予定です。

うちに来てくれる人たちはフットワークが軽くて、盛岡で都合が悪かったりすると仙台へ、仙台が都合が悪いと郡山だったり盛岡へ移動してくださるのでこちらがびっくりしてしまいます。

大体盛岡と仙台は同じ内容で、郡山は別メニューなので、別の内容の郡山と仙台と一か月のうちにはしごしてくれたりしてね。

みんなすごいなあって。
今月の盛岡は青森八戸と秋田能代からのご参加もあり、遠いところ大変だけど「来てよかった」と思っていただけるようにしたいと思います。

新幹線やネットの普及は大きいなあと感じるこの頃です。

2017・4月12日

今月は盛岡・仙台・郡山と三つの会場を予定しているので、そろそろ資料の準備をしなければと考えている。
アドラー心理学勉強会基礎講座(アドラー心理学の理論)がメインなので、その辺の枠を今日中に決めてしまいたいなあ。

「不適切な行動をしている」人は多くの場合「できることなら適切に行動したい」と思っていると考えるのがアドラー的発想である。そういう発想をしないと人を信じることもできないし、問題も解決できない。

「問題行動を止めさせる」という発想から「子どもと一緒に協力して問題を解決する」という発想にならないとアドラー心理学的に子どもとは付き合えない。

大人の場合も同様で、もしも今の状況が嫌なのであればどうしたらいいのかを一緒に考えて協力して問題解決に当たるということになる。

解決へ向かってという具体的な目標の設定がまずあるかどうか。。
協力するというのは「一緒にプランを立てて一緒に実行する、行動する」という意味なんですよね。

2017・4月11日

仙台と盛岡の勉強会の資料を作ろうと思っていて、今更ながら感情のコントロール課題の分離の運用にとっては大事なことであると気が付く。

これができていないと「共同の課題」にならず、支配・操作・罰に作用してしまう。
アドラー初心者は分けておくことと「結末の予測」で済ませておいて、感情を使わなくなってから共同の課題に入って行ったほうが無難だなと感じた。

いずれにしてもSMILEの身につき度合を測るのに「感情・特にネガティブな感情をきちんとコントロールできていること」が一つの目安となるであろう。

2017・4月10日

今月のアドラー東北・アドラー心理学勉強会は仙台と盛岡で開催します。
課題の分離」を取り上げるべく文献あさっていましたが、本当に奥が深いです。
アドラー東北ではSMILEという愛と勇気づけの親子関係セミナーで「課題の分離」を習いますが、本当にそれだけではわからないんだなあと感じています。

また「嫌われる勇気」によって課題はぶった切るものだなんて勘違いも生じているかもしれない。。

課題の分離は何のため?という目的が明確であることと、次の共同の課題にすることが大事で、そのためには何が必要なのか・・というか何が親としてできていることが大事なのか、、、とそんなことをご参加の皆さんと学びたいと思います。

2017・4月9日

「嫌われる勇気」をめぐっていろいろみんな好きなことを言っている。
アドレリアンであるというならアドレリアンルールがあるはずで、それは明確なはずなのに、なぜ議論になるのか不思議に思っている。

完全なアドレリアンは存在しないし、また不完全だからと言って寛容を持ち出すほど認めるレベルのものもないと思っている。

メディアリテラシーに照らして考えれば、マスコミのやり方としてはあんなもんだと思うし、それをまともに議論の対象にしてああだのこうだの言うのはなんだかなあとそんな気がする。

なんだか風見鶏のような人もいて、最初に言ったことといつの間にかあれ?と思うように前言を撤回していたりする。

そういう日和見主義が寛容だというのであれば御免こうむりたい。
それを含めても解釈に幅がありすぎるのは今の日本でのアドラー心理学を取り巻く状況がいかに混沌としているか・・を現しているような気がする。

アドラー東北に来る人はそんなことは関係ないのである。
今の自分が楽になりたくて来ているんだから、アドレリアン的考え方、生活の仕方、他者関係を学んでもらうだけである。

競合的に所属することはアドラー心理学的生き方とはもっとも相反するものなんだけどなあ。。

2017・4月8日

山形のアドラー東北講演会はすでに10名さまのお申込みだそうで、定員は15人ぐらいと思っていたけど20名に拡大した。

本来アドラー心理学が講演会で伝わるとは思っていないが、こんな感じ・・は体験してみたい人が多いんだろうと思っている。

だからあまり突っ込んだことは言わないしやらない。
アドラー東北に来ている東北各県の人たちは、自分の問題を明確に自覚している人たちばかりだから必死に勉強する。

それぐらいでないと身につかないのである。
なんとなくかじってみましたでできるほど甘くないのである。

だから長い人は5年ぐらい来ている。それでもなかなか認知は変わらないので本人はなんだかなあと思っているかもしれない。

週二回のメルマガ配信も良く続いているなと思う。大体が読んでいるだけの人が多く、アドラー心理学のことをわかってないんだろうと思う。来ないとわからないのがアドラー心理学であるからだ。。

来ない人はメルマガ読んでも無駄だよと。。
来た人だからこそ腑に落ちることがたくさん書いてあるんだからと思っている。

これから来週からのセミナーの準備をするけれど、実際のところアドラー心理学にハマる人は基礎講座からなんである。。

これでアドラーっていいなあと感じて学び始める人が多い。
アドラーの良さがわかるということは、アドレリアン的生き方があってると感じることである。

「協力的で所属する」のがアドレリアン的生き方である。
競争社会で勝ち負けで物事を考える人は「競合的に所属する」ことを選んでいて、その辺がライフスタイルのパターン上人と不具合を起こす。

「協力的に所属すれば人とはうまくいくんである」
自分の共同体に所属する方法は「協力的であるのか」「競合的であるのか」をまず見て見ることが大事なんである。

2017・4月7日

「嫌われる勇気」の何が問題だったか・・。

治療的枠組みまたはアドラー語で話す相手との関係性の枠組みのないところで「課題の分離」を使ったことだったと感じている。

「それは私の課題です。」とか「それはあなたの課題です」とか「わたし(あなた)の課題ではありません。」とかね。

これがないのにアドラー語を使うと相手は面食らってしまうし、混乱する。
お1人この混乱状態でアドラー東北のセミナーにいらした方がいてえらい手こずった。。

アドレリアン同士でアドラー語の会話が成り立つ人、わかっているもの同士という関係性や、アドラー心理学を伝える、教えてもらうという前提の場であるという条件がない限りそれはやってはまずいんだなと。。そんなことを考えた。。

2017・4月6日

震災以来東北の子供を取り巻く環境が悪化していることは容易に想像できます。特に岩手県教委が発表する教員の不祥事については後を絶たず、不登校の子供も把握しているだけで1000人を超えているんだとか。

盛岡近辺の状況を見ても、こんな時「変わらない方が楽」「今のママを維持しようとする」そういった東北人特有の気質がマイナスに働いていると感じています。

東北という土地はおかみの言われるがままに我慢をしてきた土壌がある。
時には声を荒げることはあっても、そのまま忍従してきた風土がある。
特に盛岡以北はその傾向があり、問題を感じながらもそのままにしている場面には多々遭遇する。

アドラーの良さがわかっていても、それを積極的に取り入れて変えようとはしない。
言ってることがわかるけど無理だと。。

ではこのままでいいんでしょうか?

何も買えないという事は・・
そのままでいいんだと、結局他人事だと、誰が死のうが自分に関わらないことは変えなくていいし、という自己保身が強いように感じています。

こういう時に東北全体という共同体の視野で動くリーダーが出て来てくれるといいのだがと感じます。

それも教育界の中からその改革を取り組もうとするリーダーが出て来てくれること。外と中から、まずは盛岡からそういう人が出てこないと、と感じています。

他者や社会の問題を自分の問題として捉える、そういう器を備えたリーダーがアドレリアンの中から出てくれるといいんだが・・と思います。

私自身は外からの働きかけしかできないので、盛岡中心部から協力して教育界改革に乗り出してくれる人材を育成していけるよう何か手を考えないと・・と感じています。

2017・4月5日

忙しくしていると電話相談日だったことをついつい忘れてしまいます。
今日は相談日でした。(汗)
夜の枠は埋まっています。
できるなら実際に来ていただいて顔を見て話しをして(これがラポールの形成につながる)から電話をサポートとして受けるのが理想です。

初見はね、、なかなかうまくいかないんですよね。
どうしてかというと相手の情報がない状態で話を聞くので、想像力を働かせる分エネルギーを使うからですね。
できれば来てから相談が一番お互いに話が通じていいのですが。。

2017・4月4日

実家の父が入院したりしてバタバタしています。
盛岡の中学校教員が指導上の悩みを抱え込みやりがいを感じられない傾向にあるという報告が新聞でなされていました。
盛岡市内に限らず盛岡周辺でもその状況は変わらないと思います。
慢性的な忙しさにさらされているので、困った生徒への対応についてもその場しのぎになりがちなのは教師を責められないと感じます。
岩手の都市部周辺の学校は多分ほとんどそうだと思います。抜本的な改革が望まれます。
詳細は岩手日報の3月28日付朝刊・24面に記載されています。

画像の説明

2017・3月30日

いじめの問題で自殺したり不登校になったりというパターンのみが取り上げられる傾向があるけれど、実際のところ、周りとの関係が良好であれば最悪の事態は避けられるんだと感じています。

1人でも自分の味方というか頼りになる人がいれば人は生きられる。孤独が一番のネックだと言えるでしょう。孤独ではないんだけれども孤独と感じてしまうといったらいいかなあ。。

「孤独」という言葉の響きは一人を連想しますが、つながっている感があれば一人でいることも問題にはなりません。

また常時誰かとつながっていることも不自然であろうと思うんです。
自分にとって自然でありながらも他者とつながっている感が持てている。

そういう状態であればいいんですよね。

2017・3月28日

また子どもをめぐって悲しい事件が起こってしまいました。
いじめで命を断つ子もいれば、今回のように命を他者に奪われることもある。
子どもを取り巻く事件を見るにつけ毎回思うのは、周りの大人に話せない話さないで悲しい結末に行きつく子どもがほとんどであるということ。

今回の千葉の事件で言えば友人には「怪しい人がいて怖い」ということを漏らしています。
「友人」であること。「友人」がポイントですよね。

大人だけど子どもと友人でいることは可能。
まさにSMILEが目指す親子関係につながります。

ひと言親や周りの大人に「怪しい人がいて怖い」と漏らしていれば違ったと思うんです。
というか洩らせる大人がいれば・・と思う。

1人でも多くの大人がアドラーをベースにした人間関係を実践・構築してほしいと願わずにはいられない。
子どもが「相談してみよう」と話せる大人。
そのうえで現実的に動いて守ってくれる大人がいること。
私たちはそういう大人になりたいと思うのです。

2017・3月27日

横浜で原発事故で避難生活を送っていた小学生がいじめに合い、不登校になった事件。子供の手記が公表されたり話題になりましたので皆さんご存知かと思います。

事件の大まかなあらましとアドラー心理学的考察については、アドラー東北の不登校専門サイトのほうに掲載してあります。
アドラー東北不登校専門サイト・代表コラム
http://www.adora-tohoku.jp/14903126287049

その後の経過です。最近になって当時の担任教師が生徒に謝罪したことが報道されています。

以下新聞記事から******

東京電力福島第1原発事故で福島から横浜へ自主避難した中学1年の男子生徒が避難直後からいじめを受けていた問題で、学校側の代理人弁護士は、当時の小学校の担任らが問題発覚後初めて生徒と面会し、謝罪したと明らかにした。
横浜市教育委員会によると、初めに市教委の担当者が「対応が遅れて長い間辛い思いをさせてしまった」と謝罪。担任は「SOSに気づかず傷つけてしまった」などと述べた。
両親は代理人を通じて「息子は担任らと直接話ができ、よかったと言っている。私たちのようなことが絶対に起きないよう問題点をまとめたい」とのコメントを出した。代理人によると、面会したのは4・5年生の時の担任ら。

***************************

2017・3月26日

毎日HPの更新をしています。

今日は5月に山形市で開催する「ワンコイン講演会・今知りたい!知っておきたい!アドラー心理学」のページを作成。
山形でアドラーの講座をするのは初めてです。今からとっても楽しみ。

それとSMILEのフォローアップ講座を6月にするので、その件をアップしました。フォローアップは「発達段階ごとの勇気づけ」についての資料が受講者特典になります。

SMILEはアドラー心理学の実践方法の定番セミナーです。アドラー東北でも今までかなりの方に受講していただきました。

にもかかわらず、フォローの機会が持てないでいました。きっとうまくいかないことがあるんだろうと思います。その辺を皆さんに持ち寄っていただいて知恵を出し合い解決して行ければと思います。

2017・3月24日

日曜から仙台入りしてアドラー心理学の勉強会やらSMILE,ELM,カウンセリング演習、そして親の会などを二日間こなしてきました。

さすがに疲れて昨日は休日をとりました。
脳がフル回転するので疲れるんですよね。もう考えるのは嫌!って感じになります。

今回も受講してくださっている方たちからうれしいご感想をいただいて、充実感は一杯でした。

アドラー心理学を実践する場合に中途半端なのが一番よくない。やるかやらないか、ですが、やろうと決めて努力していて不完全なのはOKだけれど、
やるんだかやらないんだか、途中までやって放置していたり初歩的がことができていなかったりすると、思わずこちらも「何のため?」と思うことがあります。

アドラー心理学を学ぼうとするのは「何のため?」です。
ブームが起こったことで「かじってみよう」とか下手をするとステイタスとして「知っておこう」もあるかな。

そんな気持ちで残って行けるぐらい甘いものではない。
アドラーは厳しい。
だからついていけなくなるんでしょうね。

アドラー実践には覚悟が必要ですし、その覚悟を持つには自分の中に明確に解決すべき問題があって、その困難を自分の力で克服したいという劣等感を建設的に使おうという気持ちがある。
そういう意味で来続けているかどうか、が目安になります。

相手がどういっているかではなく相手がどう行動しているかがすべてなのです。

2017・3月18日

アドラー心理学がすごいなあって思うのは、現在のいわゆる流行のセラピーやら心理療法がすべて含まれているってこと。
宝の山ですね、アドラーは。。

アドラー心理学の5つの方法論の中のどれかをピックアップして発展させたものが今はやっている各療法。

たとえばNLPなんてのは、アドラーの認知論。
ゲシュタルトもアドラーの認知論。
ブリーフセラピーはアドラーの認知論&対人関係論。
認知行動療法も認知論&自己決定性。

な~んて具合ですから、何を選んでも結局アドラーじゃない?って思う。
デ・ジャブばっかり。
アドラーひとつやってれば他のはすぐに理解できるし使える、わかると思うんです。

で、うちでカウンセリング基礎演習にブリーフを取り入れたのは、基本的な考え方・ベースがアドラーとほとんど同じであることと、性格・ライフスタイルに介入しないのである程度の訓練を積むと誰でもできるようになっていくってことがある。

「根暗である」とか「人見知りだ」とか、そういうことに介入しないのでご相談者を傷つけないで済む。
これはカウンセラーとクライアント、双方にとって実にメリットが大きい。
そう感じたので取り入れることにしたんです。

アドラーとブリーフのマッチングはこれからの臨床のメインになっていくでしょう。ってもうすでに臨床現場では主流になりつつある、なっていると言えると思います。

2017・3月17日

ドラマ「嫌われる勇気」が終わっちゃいました。面白かったですねえ。
庵堂蘭子がことさらに他者を寄せ付けない態度をしていたのは「世界は敵である」という世界観だったと。。
また早期回想は自分に都合よくその記憶を変えていくという事。
大好きなお父さんを嫌いたくない彼女にとって父にまつわる忌むべき記憶は封印されていたということでしょう。
続編を刑事ドラマとしてやらないかなあ・・。

2017・3月16日

メルマガを出した昨日、基礎講座を飛び越えて8月・9月のELMに早速のお申し込みが3名様。

たのんますよ、基礎講座のほうが面白いんだから。(^0^;。。と思うも、
まあありがたいことと言える。。

アドラー東北のスタンスとして、とにかく発信し続ける、があり、たくさんの皆さんに喜んでいただけるのは何よりと。。
続けられるのも皆さんのおかげ様。
今日もがんばりまっしょ!!

2017・3月14日

相変わらずの不順な天候で、それでも家の中に籠って仕事をしている分には何も困らないのでじゃんじゃんこなしています。
アイデアを思い浮かんだときって結構すぐに忘れちゃうのでメモしないとなあといつも思います。

アドラー心理学基礎講座の楽しさだったり面白さが伝わるには・・なんてつらつら考えているとフッと夜中にアイデアが浮かんだりするんです。
で朝になると忘れている。(笑)

たとえば基礎講座の一回目のタイトルが
「アドラーアイランドのアドラー語を話す人たちの暮らし」なんて感じです。タイトルは大事ですよね。

ついでにいえば割と仙台や盛岡で開催しているアドラー心理学の勉強会なんかはフリー参加にしていることもあって、たぶん今月は定員オーバーだと思うんですよねえ。座れない人が出てくるかも。。
できれば人数を気にしないで受付できるぐらいの会場は押さえたほうがいいのかなと感じています。

一回来てはまると継続して来月もとその場でおっしゃってくださる方は結構いらして、帰宅後メールをチェックしたら定員オーバーしてました、みたいな感じになってしまっています。

2017・3・13

3月の盛岡が終わってちょっと一息入れています。
今回はブリーフセラピーの基礎を入れたので結構疲れました。
新しいことを伝える時というのはかなり神経を使います。

とはいってもブリーフセラピーはアドラー心理学の対人関係論と認知論を引っ張って行ってそこを独自の治療として確立したものですから、アドラーがわかっていれば問題は基本的にないのです。

アドラー心理学勉強会も普段のメンバーなのですでに基本的なことはわかっており、もう一歩進んだことに話したので、自分も毎回勉強になります。
資料を作るのに結構文献漁りをしたりしてまとめますので時間もかかりますが、それがそのまま自分の身になるのです。こう考えると自分にとってもありがたい仕事ですよね。

野田先生のご本を読んでいて「アドラー浴」という言葉が出てきました。
なるほどと思いました。
アドラー心理学の対人関係法は習い事ですから、通って来なくなれば共同体感覚の感覚が薄れていき、いつの間にかずれていく。間違った方向へ行ってしまう。
だから共同体感覚の感覚を常に体感するためにやはり定期的に足を運んだほうがいいというわけです。

アドラー東北なんてのは、セミナーは多少お値段がかかりますが、あとは勉強会にしても親の会にしてもカウンセリング基礎演習にしてもボランティアみたいなもので、気軽に共同体感覚を体感できる場としてせっせと利用してもらえればうれしい。

ねば、べき、は申しませんけどね。ファシズムになるから。(笑)

2017・3・4

ひな祭りも終わってしまいました。今年はお雛様を出さないで終わってしまいました。
毎日アドラー本に首っ引きになっていても新しい発見だらけ。
人生は学びの連続で終わることがないんですねえ。。

2017・2・25

「嫌われる勇気」は「共同体感覚」でしたね。
面白かったです。彼女は冷たいわけではない・・相手の当たり前にちゃんと注目して勇気づけしているなと思いました。

たぶん学びの中で皆勝手な理想のアドレリアンとは・・というイメージを持っていたんだろうと思います。
そのイメージからかけ離れていたから受け入れられなかった人、違和感を感じた人が多かったんでしょう。
私的にはあのタイプは全然ありでしょう・・と感じています。
なぜかというと、「アドレリアン=フレンドリー」というイメージがどこかにあったんだろうと思います。
そうすると「シャイ」な人は「アドレリアン」にはなれないのか?ということになります。
相手をありのまま認めるというのであればそれはおかしい。
「アドレリアンは~べき」「アドレリアンなら~ねばならない」になれば、それはもうファシズム以外の何物でもありません。

今日はこれから仙台でアドラー心理学セミナーです。33名のご参加です。楽しみです。

2017・2・18

ドラマ「嫌われる勇気」がどんどん面白くなってきました。
楽しんでみています。
喧々諤々の議論が世間では起こっているようですが、ドラマ一つに「正しい」を持ち出してやっきとやるのは大人としてどうなの?と思います。
ドラマをうのみにするかどうかは、見た人の課題。
マスコミとはそういうものです。

2017・1・15
人生はシンプルであるが、複雑に考える人にとっては多難である。

画像の説明
「警察庁自殺の概要」

現在うつ病患者はわかっているだけで100万人を超え、他のパニック症候群など精神疾患を合わせると300万人を超えると言われています。その他、うつ病の知識がなく自覚がない方や自分がうつ病だと認めたくない方などが潜在的に数百万人単位でいます。

2016・12・31

アドラーを学んでも・・
「うまくいく人」「いかない人」
その違いは「物事や人間関係を難しく考える人」と「シンプルにすることができた人」
使える心理学は学んだ知恵をシンプルに使えばいいのです。

4月からは大きめの会場を押さえたのでなんとか・・と思っています。

2016・12・30

「アドラー心理学のベースは根拠を求めず信頼すること」
と言いながら結局は信用(クレジット)ではないのか?
と思わざるを得ないビジネス使用のアドラー心理学
「支配・操作」感ありありのアドラーが横行しているように思うのは
私だけだろうか?
仕事のタスクだからいいのか?
はなはだ疑問。
私の完璧主義がこう感じさせるのかもしれないが・・。

2016・12・29
来年は「数」から「質」へと決めた。
近年のブームもようやく下火。
やってみたら厳しくてと感じる人が増えていくだろうし。
これからこそ本物のアドレリアンが育つ時代
学び続け実践し続けるものだけが残っていく。
それでいいのだ。

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