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不登校コラム

不登校コラム

お子さんが突然学校へ行かなくなった

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不登校のお子さんを抱える親御さんの悩みも人ぞれぞれ多様です。
「不登校」というひとつの現実が多くの波紋を日常生活に及ぼします。

不登校のお子さんを抱えた親御さんの気持ち・状態について書いてみました。
不登校や引きこもりの場合には、アドラー東北へ相談に訪れるのはほとんどの場合に親御さん(特にお母様)に限られます。

「学校に行けない」「社会に出ることができない」「家から出ることができない」「子どもをどうしたらいいのでしょう」というご相談です。
不登校のお子さんを抱えたお1人お1人のご様子は違えどもご家族が困惑し途方にくれているのは確かです。これまで様々なことを試みてきたにもかかわらず成果は上がっていないと感じておられ最後の最後にアドラー東北をご訪問される方も多いです。 

しかしながらいらして下さったということはお子さんの不登校に対して当然ながらまだ希望を捨てていらっしゃらないという事でもあります。そしてご家族は疲れ果てておられることがほとんどです。

「あなたはお子さんの不登校でどうして疲れているのでしょう」

学校へ行けなくなってしまったお子さんの将来を悲観して、不安な気持ちの状態が場合によっては数か月、何年も続いていることがあるかもしれません。

自分の子供がこのまま社会に出ることができなかったら自分たちの定年後はどうなるのだろう?自分たちがこの世からいなくなったらこの子はどうなるんだろう?どうするつもりだろう?という焦りと不安からくる心労がたまっていると言えるでしょう。

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「日々不登校のお子さんに向かい合う疲労感」

子どもが不登校になるということは、毎日家にいるというケースがほとんどです。そうすると家にいる子供にどう対応したらいいのかということに日々悩まされることになります。
毎日の子供への対応、口論やいさかい、時には暴言・暴力に向き合うことの精神的な負担によるものもあるでしょう。

子どもが自分の将来を考えているとは思えずこのままではいけないという思いから声をかけても反応がなかったり、逆切れされてしまったりしているでしょう。

親に対して理不尽な言いがかりをつけてきたり、自分が不登校になったのはすべて親のせいにしてきたりもあるでしょう。そういった耐えることのない子供とのやり取りによる心労もあるでしょう。

また親としての自責の念に悩まされていることもあると思います。子どもから何もかも親のせいだと言われ、そんなことはないと思いながらも、どこかで自分たちの育て方が間違ったのではないかという気持ちを払しょくできないでおられるでしょう。そしてそのことについて考え続ける日々。

「あのときああすればよかった、こうすればよかった」ということばかりが頭の中を駆け巡りグルグルと回っているのではないでしょうか。そのために気分がすぐれない日々を過ごしていると思うのです。

自分を責めるのみならず家族内の他の誰かを責めてしまうこともあるでしょう。責められた方は傷つき、場合によっては売り言葉に買い言葉の応酬に陥ってしまうことがあるかもしれません。

中には不登校の相談窓口に行って自分の落ち度を咎められたような気持になり傷ついてしまうこともあるでしょう。

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子どもの不登校という問題が起きるまでは確かにあったはずの親としての自信が音を立てて崩れ、家庭内の責め合いやコミュニケーションがぎくしゃくすることにつながっているかもしれません。
このような状況からなかなか抜け出せないという心労は家族をとても疲れさせてしまうものです。

「アドラー心理学とブリーフセラピーによる不登校へのアプローチ」

私たちは何らかの問題を抱えるとつい「何が原因だろうか?何が問題だったんだろうか?」と考えます。
不登校についてもこれは同じで「何が原因で不登校になったんだろうか?」「何が問題で不登校になったんだろうか?」と考えます。
それは原因を解明したり問題を取り除くことが解決につながると信じているからです。

普通、機械の故障だったり体の病気だったりは、原因を取り除くことで解決することがあるかもしれませんが、こと不登校や引きこもりということになると決して一つの原因だけで生じているわけではないのです。

たとえば「どうやらクラスにいじめがあって、そのために学校に行けなくなったらしい」と思われても、いじめひとつをとってみても、いじめられる、それを傍観するクラスメイト、積極的に介入してくれない担任教師、など原因を追究していくと変えなければならない要因が次々と出てきてしまいます。そういった原因と思われることを一つ一つ取り除いていくことは現実的ではないのです。

「本人の性格が。。。」「親の育て方が。。」といったことのどれか一つだけで何かが決まるわけではありません。不登校に関しても原因が特定できない場合がほとんどですし、原因を特定することにエネルギーを注いでも徒労に終わることが多いのです。

そして原因を考えることには大きな副作用があります。それは誰かや何かを悪者にしてしまう事です。
それは学校だったり、担任の教師だったり、クラスの友達だったりします。

誰かや何かを悪者にすることはそのことで不登校のお子さんを取り巻く人間関係に否定的な影響を与えてしまいます。

問題を抱えた家族にとって誰かや何かを悪者にすることは、解決に役立たないのです。悪者になった何か、悪者になった誰かは当然傷ついたり、反発したりしますから解決に協力してくれなくなる恐れもあります。

原因追求については一旦棚上げして、解決に向けて進むことがまず求められることだとアドラー東北は考えます。

不登校に関わらず他者関係の問題解決で必要なのは「原因を追究すること」ではなく「解決に向けて協力していく姿勢」だと考えています。

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「不登校解決の選択肢は一つではない」

私たちは人生において様々な困難に出会います。その際に解決策は一つではありません。たとえばスポーツが苦手だとしましょう。解決策としていくつか考えられますね。

苦手な種目を練習する、体を鍛える、など直接的な克服方法があります。これらは考えれば限りなくあります。一つだけを頑張ってみる、全般的に運動能力を高めることなど苦手なことをそうでなくする努力、「苦手意識を克服する」ということが一つの選択肢としてあります。

次にスポーツとは別の他の得意なことを伸ばすということもあるでしょう。勉強とか芸術とか、コンピューターの知識を活かすなど、得意なことを伸ばせば自分に自信が持てるようになるでしょう。そうすれば苦手なことは気にならなくなるかもしれません。こういう間接的な解決法は数限りなくあるでしょう。

またスポーツが苦手なことを自分の強みにしてしまうということもできます。ムードメーカーとして裏方に回ってチームのみんなに貢献するなどもできるでしょう。
こうしてみると困難な状況を解決する方法というのは選択肢が一つでないことがお分かりかと思います。

「不登校克服のゴールと目標設定」

不登校克服の難しいところはそのゴールの設定の選択肢を見出すことが難しいところではないでしょうか。学校へ行くことや社会復帰などに限定されがちなことです。

本人に良い変化があったとしても家族は「でもまだ学校へ行っていない」とか「まだ保健室にしか行けていない」とかといったできていないところに立ち戻ってしまいます。

つまりこの考え方はオールオアナッシング、黒か白か思考になってしまうのです。

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