東北・仙台・盛岡・郡山・アドラー心理学講座 勇気づけ 不登校 子育て 自分を好きになる講座

感情コントロール

怒り・不安・ネガティブな感情とどう向き合うのか?

私自身も自分のネガティブな感情をどうすればいいのか、とても悩んだ人間です。
自分の人生に起きる様々な出来事に付随する「怒り」「不安」「恐れ」「嫉妬」。
そういう感情が自分の中で大きくなり心のみならず体へも影響を与えていたのだという事は今は良くわかります。

とくに「怒りの感情」は、私が自分の中で課題としていたことでした。
なぜなら他者とのトラブルはこの「怒り」の感情を用いることによって起こっていたからです。

最初はイラッツとするぐらいの怒りが、それについて言わないばかりにどんどん膨らんでいき最後には爆発し、他者との関係を断ち切るという悪循環にはまっていました。

アドラーは怒りの感情について自らの著書である「性格の心理学」でこう述べています

「われわれは怒る人の中に、力を振り絞って優越性を求め努力する人を見る。認められようとする努力は、時に権力への陶酔感に変わるが、この種の人が、自分に力があるという感覚が少しでも侵害されると、怒りの爆発で応えることも容易に説明がつく」

怒りは「屈折した承認欲求」であると、岸見一郎先生は述べています。

私自身もアドラー心理学を学び始めてとてもびっくりしたのは、感情は目的があって使用しているということ
自分で使用しているのだから使用しないこともできること。

感情はコントロールできる!!ということでした。

それでは何の目的で私はそれを使っていたのか?

「相手を思う通りにしようとして(操作)」や「期待に応えない罰として(支配)」「他者を傷つける、責任をとらないなどの行為に対して(正義感の発露」「ずかずかと自分のエリアに入ってくる人に対して(権利擁護)」など、ほとんどアドラー心理学で言われている「怒りの感情の使用目的」が当てはまっていました。

画像の説明

アドラー東北のセミナーにおいでになる方たちも自分のネガティブな感情をもてあまし振り回され疲弊しお出でになる方が多く、使用の頻度が下がり目的を知り、他の方法をとることでほとんどの場合、相手との関係を悪化させることなく人間関係を築けるようになっていきます。

自分が悩んだからこそ、それを身を以てお伝えできるとアドラー東北は考えています。

私自身も今はほとんどネガティブな感情を持つことなく、また持ったとしても肥大させることもなく、心穏やかに過ごすことができています。

アドラー心理学でどうしてこういうことができるのでしょう?
アドラー東北の各セミナーを受講するといらした方たちは自然にネガティブな感情を他者に使うことをしなくなっていくのはなぜでしょう。

それはアドラー心理学を学ぶ中で「怒り」などを使わなくても、他の方法があることを知るからです。

***************************************

「怒りっぽい性格の人」など存在しない。
「怒りという感情をしょっちゅう使う人」なのだ。
生まれ変わる必要はない。
感情の使い方を変えればいいだけなのだ。

****************************************

アドラー心理学は「使用の心理学」とも言われ、コントロール不能思われている「感情」も自分が使用しているという立場をとります。

*この場合の「感情」とは、陰性感情「怒り」「悲しみ」「不安」などを示します。

画像の説明

私自身頻繁に怒りという感情を使って他者との関係を自分からうまくいかなくしていたのですが、アドラー心理学を学び始めてからは、ほとんど使わなくなりました。

怒りを風船にたとえてみると、怒りの風船が膨らみ始めようとしたときに、「自分が正しい」とか「自分の気持ちがわかってくれない」とか言っても結局は怒りの感情を使って「自分の思うとおりに他者をしたい、相手を動かしたいだけなんだな~。」と言う考えが浮かびます。

また「自分はこの人の行為に怒りを覚えているけれど自分はやっていないかというとやっていたな~、やったことあるな~。」と考えると人のことは言えないと思うのです。

大体この2ステップで膨らみかけた怒りの感情はあっという間にしぼんでいってしまいます。

自分の気持ちをもし伝えるのであれば、穏やかに伝えればいいし、わかってもらいたいことを冷静に伝えれば済むこと。

怒りを使うなどの感情の使用はあくまでも習慣なので、やめるという決意とトレーニング、トレーニングに付随する工夫が必要です。

アドラー心理学においての感情の基本的な捉え方(理論)とともにそのトレーニング方法などを具体的に学びたい方はアドラー東北の勉強会やセミナーをご利用くださいね。

アドラー心理学では「感情は使用するものでコントロールできる」と考えます。

自然に湧き上がる感情を大事にしながら、

その感情を自分のよりよい人生に建設的に使えるのです。

ポイントは「良いー悪い」「正しいー間違っている」の判断軸を「建設的(役立つ)-非建設的(破壊的)」かにシフトできるかどうかです。

子供はよく「泣きわめいたり」「癇癪を起したり」という感情行動を取ります。

その際にその感情を使うと周りの人間がどう反応するのかを観察し、自分のライフスタイル(10歳ぐらいまでに形成される行動パターン)にその方法を取り入れるのです。

自分の目的をかなえるために「使用」したほうが得だと考えれば使いますし、「抑制」したほうが得だと考えれば使うことを控えます。

泣くとかまってもらえる、自分の要求を聴いてもらえる、おとなしく機嫌よくしていると褒めてもらえる、ご褒美をもらえるなどです。

また同様に大人がどう感情を使っているのかも見ています。

「怒り」を使って父親が母親を従わせようとするのを見れば、「怒り」を使えば他者を操作できることを学ぶのです。

しかしながら大人になってもこういった「感情を使う」方法をとることは、他者との関係をよりよくしていくためにはあまり良い方法とは言えないことはお分かりと思います。

他者とのより良い関係を築いていくためには、自分が使用しているパターンに気が付き修正し理性的な対応に変換していく必要があります

また自分で使用しているのですから、自分でコントロールでき、より良い方法を選択できるという考え方は私たちにとってとても救いになることでもあります。

では実際にどうすればいいのか?
理論と実践について6月に仙台と盛岡で開催する感情コントロールセミナーで学ぶことができます。
年一回の開催ですのでこの機会をお見逃しなく。

例)手紙を勝手に家族に見られてしまった。

良いー悪い、正しいー間違っている、の判断軸で行動すると怒りの行動に走ります。
この場合、自分の気持ち×(嫌な気持ち)&相手の気持ち×(嫌な気持ち)
となり、両者が気分を悪くしたままになります。

建設的ー非建設的な判断軸で物を考えられると、「怒りを使う」という非建設的な行動ではなく、「あまりいい気持ちがしない」「悲しい」などの自分の気持ちを伝える(建設的方法)ことができます。

この場合には、両者の間は破壊的な関係にまで進むことがなく、相手も「悪かったな~。」と感じることができるでしょう。

またマイナス感情を抑えられないときのとっておきの方法をいくつかお伝えします。特にEFT(エモーショナル・フリーダム・テクニーク)・感情解放テクニックは、自分の指を使って簡単に気持ちが楽になる方法です。

内容
(1)アドラー心理学では感情をどう捉えているか
(2)感情の目的は何か
(3)困ったときの対処法
呼吸法&EFT(感情解放テクニック)&シミュレーション&自己分析

感情コントロール法を受講して下さった皆様の感想>

❤感情には目的・メリットがあるということを再認識しました。理性的回路で思考するアドレリアンになりたいと思いました。ニックネームとテーマソングは笑えるものに、には納得しました。タッピングもやってみたいです。

ニュースレターにもありましたが、「分ってほしい」とみんな思っているだと感じました。(自分も)もっと楽に楽しんでネガティブな面も受け入れていきたいなと思いました。今日もありがとうございました。

❤感情の目的について今までよりも理解を深めることが出来ました。ニックネームとテーマソングを決め取り組んでみようと思います。来るたびに(参加するたびに)一つ一つ前進できている自分が面白い!

❤感情のコントロールの仕方を学ぶことができました。理性的回路、難しいことですが持てるようにしたいと思います。

❤感情の目的を知るのが面白かったです。

❤自分の感情・怒りをコントロールできる方法があることは私の希望です。相手の感情を知りその感情にのらないこと。自己肯定感・自己受容が大事なこと。自分を責めることなく怒りを解消することが印象的でした。

❤時には自分のシナリオを書き、自分の感情を客観的に見て次の人間関係に役立てたいと思います。怒りの感情は本当にやっかいな感情です。今までの自分の中の苦しみをクリアにしていきたいです。

❤今日は参加してよかったです。うんうんと話聴いてました。セミナー案内見て参加しようかど
うか考え参加を決定。その時点でいろんなことを考えてました。毎日の生活で今日教えていただいたことで対処していきたいです。自己肯定感も結構アップしてきたのです。

❤つい相手や自分を批判したくなってしまう自分から私メッセージに変えることが大切なんだと思いました。
わかるからできるにしていけるようにしていきたいと思います。一つのことでも人それぞれの意見があるということに気が付きました。怒りを使わなくていいようにしていきたいです。

❤本日はありがとうございました。怒りの感情について整理がつかないことがたくさんあって受講しながら怒りだと思っていたことが実は怒りだというほどのものではないのかもしれないと思うこともありました。怒りの感情というよりも日々どうやっていこうというあせりからその感情を怒りに置き換えて行動してしまっている気がしてきました。今後もたくさん勉強したいと思います。

感情を使用する目的

「感情を使用する」主な目的は「感情を使って他者を操作する」、「感情を使って自分を操作する」の二つが考えられますが、それぞれの項目についてこれから具体的な例を挙げながら解説していきます。

「感情を使って他者を操作する」
感情を使用することにより他者の行動を変えさせたり、自分の思うとおりにしようとする

「感情を使って自分を操作する」
感情を使って自分の行動を促したり、抑えたりすること

以下「怒り」と「不安」という二つの感情を取り上げ、具体的な解説をしていきたいと思います。

(1)「怒り」の感情を使って他者を操作する

誰でも怒っている人には近づきたくないものです。

「怒り」は、私たちには身近な感情です。だからこそ使うことに慣れてしまっていて、そのことで自分で人間関係を悪くしていることに気が付かない方も多いように思うのです。

大人が悪いことをした子供・他者をどなりつける。
「感情」に任せた相手の対応に辟易した経験はありませんか?

怒りを使う人は「自分が正しい」と思ってやっています。
でも「子供」や「怒りをぶつけられた他者」は、それが本当に自分を思ってのことかどうかはよくわかるのです。

「自分の思っていることが正しいので従うべきだ」と思っていたり「自分の機嫌を損ねるようなことをして気に入らないからちょっとへこませてやろう」と思っていたり、相手のためといいながら「自分のため」に使っていることを、「怒り」をぶつけられた相手はちゃんとわかります。

以前大きな病院で案内のボランティアをしていた時のことです。

来るたびに職員に大きな声で文句を言い、常に眉間にしわを寄せ不機嫌な顔をして関わる相手に「怒り」をあらわにしている方がおられました。
当然のことながらその方が病院へ来ますと周りの人たちが自然と離れるようになります。

今思うと、彼が感情を使ってなしたかったメリットは、
「自分に何も言うな」「自分に近寄るな」と言いたかったのだとわかります。

それほど他者への信頼を失い、自分を守りたいと感じ、勇気をくじかれたと感じる経験を経ていたのでしょう。

「怒り」は、身近な感情であるがゆえに、コントロールなどできないと思われている方も多いかと思いますが、ほかの選択肢はないのでしょうか?

怒りの感情をよくよく観察してみることにしましょう。

普段より遅く帰宅した子供を母親が怒ったとします。
この場合の怒りの感情の後ろにはどんな気持ちがあるのでしょう。

「心配」だということがお分かりだと思います。
したがって「怒り」を使わずに「心配していたんだよ」ということが伝わればいいのではないでしょうか?

「怒り」を使えば子供は反発するでしょう。
でも「心配していたこと」を伝えればば「自分のことを思ってくれたんだ」と子供は思います。

「怒り」の後ろにある自分の本当の気持ちに気が付き、それを伝えるという方法がありますね。

私たちは大人ですので、冷静に話をするという選択肢があるのです。

「感情の奴隷にならず、理性的な対応をする」

それこそが私たちがこの社会で他者とより良き関係を築いていける一歩になるのではと私は考えています。

(2)「不安」の感情を使って自分を操作する

自分で自分をコントロールする?感情を使って?
そんなことが必要なのだろうか?
と思われた方もおられるかもしれません。

「不安」を取り上げて説明してみます。

どんなときに「不安」を感じるでしょうか?
たとえば明日大事な試験なのに何も準備ができておらず、しかも今からやろうと思ってももう間に合わない、そんなどうなるかわからないときに「不安」を感じるかもしれません。

「不安」は、これから訪れるであろう未来の出来事に自分の準備が間に合わないとか十分ではないといった状態の時に訪れるようです。

「職を失ってこれから先どうなるかわからない」「見通しがつかない」などもそれに含まれるでしょう。

「不安」を感じると私たちは、その不安を埋めるべく「行動」を起こします。

試験であれば、ぎりぎりまで教本に目を通すとか、職の問題であればハローワークに行ってみたりということをするかもしれません。

言い換えると「不安」な気持ちになるから「行動する」のだと言えます。
そうです、私たちは「不安」という感情を使って「自分を行動へ向かわせている」のです。

「不安」という感情が私たちに何を示唆しているのかを読み取ることで私たちは適切な行動を取ることができるのです。

具体的な対処法

感情は目的があって使用しているとアドラー心理学では考えるということはお分かりになったことと思います。

それでもなかなか「怒りの感情」や「不安な感情」を自分でコントロールすることは難しいものです。

まずは使用頻度を減らす工夫をいくつか書いてみます。
アドラー東北ではカウンセリングやセミナー等で取り上げることもありますのでご活用くださるのも一つの方法です。

「呼吸法・瞑想」

「感情的になってしまう」ことは誰にでもあることです。
思わずムッとして言い返してしまったり、だんまりを決め込んだり・・ですね。

日常的にあることです。
ただそれをむやみに肥大させないことはできます。

怒りの感情を使うことは「決して他者との距離を近づける方法ではない」ということはわかっておいてほしいと思います。
それとあまりにも「感情を使用すること」は大変自分自身のエネルギーの消費が激しい事もわかっておきましょう。

ではどうするか・・いくつか方法がありますがその一つに呼吸法があります。
アドラー東北の「感情のコントロール法セミナー」では「呼吸法」をかならず取り入れます。昨年は「瞑想」を体験していただきました。

感情的になっている時は呼吸がはやくなっています。
それをいったん大きく息を吐いて落ち着かせるのです。
大きく深く「息を吐く」のです。

これは普段から就寝前とかベッドに横になってから習慣化するといいと思います。
自分の呼吸に集中しているうちに息が穏やかになっていきます。

おなかに手を当てて行うと他の事に思考が行きませんのでより呼吸に集中できると思います。
息の出し入れでおなかが膨らんだり引っ込んだりしていることを手のひらで感じることをして自分の呼吸をお腹で実感することを普段からしておくと、いざというときにできるようになっていきます。

もしも可能ならそのまま呼吸に集中し続けると瞑想も可能になっていきます。

「感情的になる」ことが自分のエネルギーを消耗させている、ストレスフルな状況を作っているなと感じることが多い方にはお勧めです。

簡単ですのでぜひお試しください。

「テーマソングを流す」

次の方法は自分の感情にテーマソングを流すことです。

アドラー東北の感情のコントロールセミナーで「自分でコントロールしたい感情が湧き上がってきたときに、それに音楽を付けるとしたらどんなメロディがぴったり来るかしら?」とお聞きします。

そうすると、怒りには「ロッキーのテーマ」だったり、「ジョーズ」だったり、不安には哀愁を含んだ「ワンスアポンアタイム・アメリカ」だったり、皆さんいろんなメロディを思い浮かべるようです。

ムカッツときたときに自分の頭の中で「ロッキーのテーマ」が流れたらと想像してみてください。

「また私ったらリングに上がってゴングを鳴らそうとしてしまったわ。。」という感じでしょうか。

また怒りを逆にぶつけられた時も「リングに上がって来いっていうわけ?」と思えば、「私は上がるのが面倒だから下で眺めます。」と思えば、相手は振り上げたこぶしで頭をかきそうです。

いわゆる笑える状況にしてしまう、馬鹿馬鹿しいと思える状況にしてしまうという方法です。

皆さんは自分のエモーションにどんなテーマソングを付けるのでしょう。
自分の感情にぴったりのテーマソングを考えてみてくださいね。

「感情に名前を付ける」

感情を建設的に使うための対処法の三つ目です。
怒りの感情を例にとってみます。

私は完璧主義の強いライフスタイルでしたので、いわゆる「ちゃんとしていない」のが駄目でした。
きちんとしていないこと、ルールから外れていること、が許せなかったのです。

ですのでたとえば時間を守らないとか約束を守らないとか、そういうことに対して腹を立てることが多かったです。

また社会的ポジションに付随する「態度」、すなわち「男だったら・・」とか「年上なんだから」とか「上司なんだから。。」とか「教師だったら。。」、「~~であるべきでしょう?」「~~して当然」といった思考をしておりましたので、常時何らかのことに腹を立てていました。

アドラー心理学を学び始めて、アドラー心理学では感情は目的があって使用しており、感情を使って相手を操作したり自分を操作しているという事を知りそれなら自分でコントロールできるとわかりましたので、ぜひできるようになりたいと思いました。

まずは他者に対して使用をやめようと思いましたが、その際に自分の感情にニックネームを付けてみました。
「プンプン丸」という名前です。

「プンプン丸さん来たのね♪」という感じです。
「プンプン女子」でもいいかもしれません。

アドラー東北の感情コントロールセミナーにご参加の皆さんの中には「瞬間湯沸かし器」とか面白い名前を付けてくださる方がたくさんおられます。

イラッと来た時は自分の大事にしている価値観が露わになります。

自分には「正しい」という価値観が大事であり、その自分の大事にしている価値観が「正しくないものは許してはいけない」という私的論理を生み、怒りの感情を使って「他者に正しくあれ」と伝えようとしているのですから、怒りを使わないで「時間は守ってくれるとうれしいな」「時間に来ないと心配だよ。」とか「約束は守ろうよね」とか、レッツやシャルウイ?、私メッセージなどを使って表現するようにしていきました。

そんなことをしばらくしているうちに「怒り」そのものが湧いてこなくなってきて今は大概の事は「気にならない」状態になっています。

感情に名前を付けてもいいですし、私的論理、たとえば「自分が正しい」であればそこには必ず「~~でなければならない」や「~~であるべき」という思考があり、それらにも「ねばねば星人」やら「べきべき星人」を付けていました。

まずは自分がネガティブな感情を他者に向けてしまった時のことをよく考えることです。
誰に対して何を怒ったのか、どうしてほしかったのか、怒りの感情の底にはどんな自分にとって大事な価値観があるのか、そしてその目的は?という風にです。

そのうえで思わず自分がクスッと笑ってしまうような名前を付けてみるというのはいかがでしょうか。

「一次感情に気が付く」

アドラー東北で開催しているELMという講座では、怒りの感情は二次感情であり、その底には本当の感情・一次感情があると学習します。

氷山を連想するとよくわかりますが、海上に出た部分は「怒り」という二次感情で、海の下に隠れているのが本当の気持ち一次感情というわけです。

四つ目はその一次感情を見つけて対処する方法です。
ELMでは「怒り」は二次感情であり、その底には「寂しさ」や「悲しさ」などが潜んでいることが出てきます。

たとえば「毎晩飲み歩いて帰りの遅いご主人」についつい文句を言ってしまう。

「なんでもっと早く帰ってこないの?!」「毎晩毎晩飲み歩いてあなたってしょうがない人ね!」といった具合、早く帰ってきてくれないとさびしい、飲み歩いて体が心配、一緒にご飯を食べたいなどの気持ちがその「怒り」の底にはあるはずです。

一次感情がわかったらまずそれを伝えます。
「早く帰ってきてくれないとさびしいな」「ご飯一緒に食べたいの」といったようにです。

ただそれだけだと、ご主人の飲み歩く頻度はいくらか減るかもしれませんが、ご主人にもストレス解消の手段だったり、お付き合いだったりという目的があるのですからまったく飲むのをやめるという事はないと思います。

また自分のために相手の行動をやめさせる・・というのは、あまりお勧めできないのはご理解いただけると思います。

ですので「さびしい」のであれば「さびしくなくなるように」自分ですればいいのです。

毎晩帰りの遅いご主人をイライラして待つよりも、何か自分が夢中になることや楽しく時間を過ごせるものがあれば、その寂しさをご主人にぶつける必要はありません。

帰宅したご主人に「あら?今お帰り?私ったら本に夢中になってたわ。ご飯は必要ですか?」という感じになれれば、ご主人も妻の機嫌を気にしないで飲めますし、たまには早く帰って妻と食卓を囲もうかと考えてくれるかもしれません。

「怒り」を使えば双方にとって破壊的ですが、一次感情を見つけて対処すればまったく別の局面が見えてきます。
自分の怒りの感情の底に何があるのか・・考えてみてはいかがでしょうか。

「アルバートエリスの論理療法」

「アルバート・エリスの論理療法」とは、前述で触れましたが自分の感情の起こる状況を観察しその中の私的論理に気が付くという事をさらに掘り下げていきます。

たとえば「他者が自分に注目してくれないと落ち込む」というようなことについて。
状況と感情とをつなぐ「不合理な思い込み」を自分で発見していきます。

「自分に注目してくれない」という事の中には「自分はすべての人に好かれなければならない」「自分は人に注目されなければ存在意義がない」といったような思い込みがそこにはあるかもしれません。

それを別の考え方に置き換えていきます。

「すべての人に好かれることは不可能だし、誰かに嫌われているからと言って不幸になる必要はない。」

「仮に誰かが今私を嫌いだとしても、だからといって私はすべての人に嫌われていることにはならない。また今私を嫌いな人も、今後私を好きになってくれるかもしれない。」

「もし好きになってくれないとしても、他に私を好きな人はいくらでもいるし、私の努力次第で、私を好きになってくれる人の数を増やすことは可能だ。」

といったように考えを掘り下げていきます。
ポイントは「今のマイナスと考えられる状況」の中に「プラスの状況」を見つけていくということでしょうか。

ことさらに注目を得ようとする人は多いなと感じており、そういう方たちに対しては注目しないという方法を私自身はとることが多いです。

その中には職業を通して身につけた他者対応をそのまま他者関係に持ち込んでいたり、「他者と親しくなることとは距離を詰めることである」といったような誤った価値観を持っていたりします。

けれど、いずれご本人が失敗から学んでいくしかないわけで、またその方にはそのことを学ぶ能力がおありになると信じておりますので、「適切な行動」には勇気づけをし「不適切」と感じた場合には注目しないというSMILEに添った対応をしていくようにしております。

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional