東北・仙台・盛岡・郡山・アドラー心理学講座 勇気づけ 不登校 子育て 自分を好きになる講座

自分に変化を起こす

自分に変化を起こす

アドラー東北でアドラー心理学を学んで自分に変化を起こしましょう!

画像の説明

勇気づけ」で自分に変化を起こす

アドラー心理学のベースとなる技法が「勇気づけ」です。

私たちは、子どものころから「できていないこと」「足りないこと」を指摘されて育ってきました。

ですから自分に対しても他者に対しても「できていないこと」「足りないこと」の視点で見てしまう習慣があります。

これは「勇気づけ」とは逆の「勇気くじき」になります。

できていないことを指摘されると嫌な気持ちになりますよね。
またできていない他者の部分を自分が指摘すると自分も相手も嫌な気持ちになります。

自分や他者がいい気持ちがしないのは「勇気くじき」です。

実は人間の行動の90%は適切な行動であり、残りの10%がこの勇気くじきの視点の行く部分です。

「あなたはいつも忘れ物をするわね。」と言う場合の「いつも」はどれぐらいの頻度でしょう?毎日でしょうか?365日忘れているのならこういわれても仕方がありませんが、せいぜい一週間に一度ぐらいではないでしょうか?

そうすると7日間のうち6日は忘れ物をしていないということになります。
学校や職場に週5日行くとしたら4日は忘れ物をしないでいるということになります。

80%の忘れ物しない日に注目するのではなく、20%に視点が行く癖が私たちにはついています。

自分に対しても「また忘れ物をしちゃった。自分は駄目だなあ。。」と思うのであればこの20%に視点が行っているという事になります。

自分を変えるにはまずこの80%のできていることに目が行くようにしていくよう習慣を変えていかなければなりません。

自分を勇気づけの視点で見られるようになると自然に他者のできているところにも目が行くようになるのです。
自分に変化を起こす第一歩はこの視点を意識的に変えていく過程です。

習慣の書き換えと言えばいいでしょう。「勇気くじき」の習慣を「勇気づけ」の習慣に代えていくことが「自分に変化を起こす」最初の一歩になります。

「自分を勇気づける」⇒「他者を勇気づける」⇒「自分も他者も気分よく付き合える」⇒「自分がさらに勇気づけられる」⇒「ますます他者を勇気づける」

幸せの循環を作っていくのが「勇気づけ」です。

画像の説明

「目的論で生きよう」

自分を変えるには原因を考えるのではなくアドラー心理学の目的論で考えることが大事です。

私たちはどうしても困ったことに直面した時に過去を振り返り「どうしてあんなことをしてしまったんだろう」と自分を責めたり、「こうなったのはあの人のせいだ。」と他者を責めたり責任を追及したりしがちです。

でも考えてみてください。
過去は変えられますか?

過去を穿り出して自分を責めたり誰かを責めても問題は解決しません。

こんな時「これから先に何ができるか」と考えることができることが大事です。

「予定していた仕事が終わらなかった」
「あなたのせい」、「自分のせい」、「責任とれよ」、「責任とらなきゃ」
ではなく「どうしたらその仕事を終わらせることができるだろうか、これからできることは何か」を考えるのです。

そもそも仕事を終わらせることが目的なのですから、そのためにこれからできることを考える、これが目的論的思考であり、目的論で生きるということになります。

犯人捜し・原因探しをやめて「これから何ができるか」で考えることが自分の中で変化を起こす次の一歩になります。

画像の説明

「ネガティブな経験や思いをエネルギーに変える」

誰でも「自分にはできない」「無理!」って思うことはあると思います。

でも本当にそうなのでしょうか?
一度の経験で「できない」と自分で決めてしまっていませんか?

たとえば自転車でたまたま転倒したとしましょう。怖い思いをしてしまいそれ以来自転車に乗らなくなってしまった。

「もう自転車には乗りたくない、きっとまた転ぶ」とそう思っているとしたら、これは実際にそうなのでしょうか?

その一度の転倒は何十回何百回乗ったうちのたった一回ではありませんか?

転んだあと乗っていないとすれば「怖い」という気持ちが先に立つかもしれませんが、それは本当にたまたま起こった出来事ですから、転ばない方が確率的に多いのです。

私たちは嫌な経験をもとにチャレンジをやめることもできますし、今度はやろうとチャレンジを続けることもできます。

もちろんネガティブな経験の中にはPTSD(心的外傷後症候群)と言ったような深刻なものもありますが、それ以外の日常生活での経験だと「できない」と思い込んでいることが結構あるものです。

苦手なこと、できないことがもしあると思うのであれば、チャレンジしてみるというステップに進んでみることも自分に変革をもたらす大事なステップになります。

画像の説明

「怒りを他者に向けない」

怒りをはじめとして感情はアドラー心理学では目的があって使用すると考えます。
特に怒りの場合には他者関係に使用するのはタブーです。

親が子に対して、上司が部下に対して「怒り」を使ったとしましょう。
ちゃんとおもちゃを片付けない、仕事を期限までに終わらせていないなど「怒り」を使って「叱る」という場面は結構あると思います。

「叱る」と、相手は気分が悪くなりますし、それではどうすればいいのかという目的論的思考には行きません。

「怒り」の目的は四つあります。
「主導権争い」「支配・操作」「正義感の発露」「権利の擁護」です。

「主導権争い」は自分が相手の上に立とうと争う事。
「支配・操作」は相手を自分の思い通りにしようとすること。
「正義感の発露」は自分が正しいとして相手をやり込めること。
「権利の擁護」は自分のなんらかが脅かされたと感じ自分を守ろうとすること。

おもちゃを片付けない子供に対して「怒り」という感情を使った場合の目的は「片付けさせる」という「操作」でしょう。

仕事の終わらなかった部下にたいしても考えてみると、「支配・操作」や、期限は守るべきであるという「正義感」かもしれません。

いずれにしても「怒り」の感情を使うと、いけないこと、まずいことだとは分かりますが、それでおもちゃが片付くわけでも仕事が終わるわけでもありません。双方嫌な気分になるだけです。

「散らかっているね。どうしたらいいかな」
「急いで仕事を片付けてもらいたいのだができますか」と言った言葉で伝えればいいのです。

相手とのコミュニケーションで何が伝わればいいのかを優先し、気持ちを伝えれば、怒りを使ってお互いに嫌な気持ちをしなくて済むのです。

画像の説明

「本当は何を言いたかったのかを怒りを使わずに伝える」

怒りには目的がありコントロールできると言っても、突発的に出てしまい後悔してしまうことはあるでしょう。

怒りの目的を考える前にカッとして怒ってしまうこともあるに違いありません。

怒りの根底には何があるのでしょう。

おもちゃを片付けない子どもにたいして「きちんとした子供に育ってほしい」「自分の事は自分でできる子供になってほしい」など「心配」があるかもしれません。

これらを一次感情と言います。
「怒り」は一次感情が発生させる二次感情と言えます。

もしも怒りが湧いてきたら一次感情を探してみましょう。

先ほどの「心配」のほかにも「不安」「悲しみ」「さみしさ」「落胆」「悔しさ」などが出てくるでしょう。

そしてその一次感情を伝えてみるのです。

「片付けてくれるときれいになってうれしいな」
「0ちゃんは、片付けることも上手にできるよね」言った風にです。

親が喜んでくれる、自分の能力を認めてくれると感じてくれるに違いありません。少なくとも「怒り」を使って叱るよりもずっと相手には受け止めやすいと言えるでしょう。

画像の説明

「いい人をやめる」

岸見一郎先生の「嫌われる勇気」がベストセラー&ロングセラーになりたぶんあなたも本をお読みになったかもしれません。
アドラー東北には、この本をきっかけにアドラー心理学を学びたいと思った方が大勢いらしてきています。

「嫌われてはならない」は「みんなに好かれなければ」とか「みんな仲良く」につながって行きます。

私たちは多くの人に好かれればうれしいと感じますし、素敵な人だと言われればうれしく感じます。

でも好かれたいあまり、すなわち嫌われないために、NOを言えなかったり、嫌なことを断れなかったり、いわゆるいい人になってしまうことがあるのです。

いい人は「都合のいい人」とも言えます。
他者にとって都合よく便利な人。
そうなると自分が辛くなり、無理をしてしまいますし、人間関係にはあまり良いとは言えません。

あまりにも周りに対していい人でいると逆に信用を無くします。誰にでもいい顔をするからです。

いわゆる「いい人」でいることのメリットはこうしてみるとあまりないように思います。
思い切っていい人をやめてみませんか?

無理を感じたら断ってみましょう。あなたは他者のために生きているわけではないのですから。
一度勇気を持って断ってみると意外と相手は気にしていないものです。

嫌われる勇気

「嫌うのは相手の課題」

人から嫌われるのは悲しいですよね。誰でも嫌われるよりは好かれたほうがいいと思っています。
KYといって「空気を読む」などの言葉もありますし、周りの雰囲気を読み取ってある程度周りに合わせていくのは日本では自然なことです。

でもそれも程度問題。人の顔色ばかりうかがっているようでは自分が疲れてしまいます。
そしてそれは無理なことです。
他者に合わせていると自分が自由に生きられなくなりますし、自分の本音を隠して嘘をつくことにもなりかねません。

何人かに嫌われているとあなたが思っているとして、それを皆に嫌われていると思い込む人がおられますが、それは正しくはありません。
思い込みです。

冷静になって自分を嫌っている人の数を数えて行けばみんなに嫌われているわけではないことはお分かりと思います。むしろ自分の味方のほうに気が付くこともあると思うのです。

好き嫌いではなく、この人間関係の中でどのような貢献ができるか、自分らしく生きるには何ができるかを優先的に考えていくことです。

また自分を好いてくれるのか嫌うのかは相手の問題です。
アドラー心理学を学ぶと「課題の分離」という事を学びます。その問題は誰が最終的に責任を負うのかということですが、この項目を学ぶとアドラー東北にいらした方の抱え込みが俄然少なくなり皆さん気持ちがとても軽くなるようです。

なぜかというと自分が悩んでいる問題を課題の分離に照らして考えると自分の問題ではないことが多いからです。

あなたを嫌うのはあなたの問題ではありません。あなたを嫌う人の課題です。自分ではどうすることもできないのです。どうしようもないことを気にする必要はないのです。

画像の説明

「苦手な人について考えてみよう」

「なんとなくあの人は苦手」と感じたりすることが私たちにはありますね。
これはどうしてなのでしょうか?

かつて嫌な経験をした誰かに似ている、自分をひどくいじめた誰かに似ている。
その誰かに似ている、、そんなことが原因になっていることが多いようです。

アドラー心理学では、早期回想という方法で過去の記憶を探って、その人の大まかな人間関係の概要を知ることがありますが、たとえばどういうわけか男性が、それも年上の男性が苦手でという方には、年上の男性についての記憶が出てきたりします。

そのため私たちは無意識に、好き・嫌い・まあまあという大まかな分類をしています。

人は程度の差こそあれ先入観を持って相手を見てしまうことを知っておくことも大事です。

あの人はせっかちで苦手だと思ったとしても他の人から見れば行動が迅速で仕事ができると見えているのかもしれません。

人によって何をどう見るかは十人十色なのです。
自分の価値観が絶対ではないことを知っておいて、苦手な人から何かを吸収するぐらいの気持ちでいてもいいのです。

「自己暗示・セルフトークを変える」

「なりたい自分」がいても「どうせ自分には無理」と考えてしまう人は結構おられますね。

その根拠はほとんどないのですが、一つある傾向として自分にマイナスの暗示をかけているということがあるようです。

子どもの頃「あなたって、ルーズね」と言われたとします。
「そうか、、自分はルーズなのか。。」と思って「自分はルーズなんだ。」と自分に自分でレッテルを貼ってしまい、そうだと自分に暗示をかけ続けるのです。

これをアドラー東北の提供するELMでは「悪魔のささやき」と言います。
「大雑把」とか「人間の器が小さい」など思いつくことがあるかと思います。
アドラー心理学ではこういう私を主語にした自分へのレッテルを「セルフコンセプト(自己概念)」と呼びます。

他者から言われ続けたことがいつの間にか主語が自分にとって代わり自分の事になってしまうのです。

ところがルーズというのは「細かいことを気にしない」とか「おおらか」とかという別の側面を持ちます。

自分は細かいことを気にしないおおらかな性格なんだと思えばプラスのセルフトークになるのです。(これはELMでは「天使のささやき」と呼びます。)

同じセルフトークをするなら天使のささやきをしてネガティブな自己概念を良いものに変えていく。
これだけでもかなり自分に対する変革になると言えるでしょう。

画像の説明

「共通感覚を磨く」

アドラーはよくコモンセンスという言葉を使いました。私たちになじみの深い言葉で言うと「常識」と言えばいいかもしれませんが、アドラー心理学では「共通感覚」と訳します。

建設的な人をめざし相手との共同目標に向かっていくための大切な感覚です。
「相手の目で見て、相手の耳で聞いて、相手の心で感じること」を言います。

たとえば誰かがあなたに相談に来た場合、その相談者の立場になり状況や環境を考えるという事になります。相手の関心・考え方を知り、一体の感情を持つことが大切だというのです。

注意すべきは共通感覚と、同情は違うという事です。
コモンセンスには相手への尊敬の気持ちがあり、対等の関係ですが、同情は相手を憐れむ感情で、無意識であっても相手を下に見る関係になります。

コモンセンスには上下の関係も支配関係もありません。自分の事も相手の事も客観的に見てコモンセンスを育てていくことが大事です。

画像の説明

「ユーモアと真の楽観主義を」

あなたの周りにも気難しい顔をしていたり悲しい顔をしている人がいるでしょう。笑顔の人のほうが話しかけやすいですし親しみやすさを感じます。

アドラーはこう言っています。
「悲しみは自分と他者を離反させ、喜びは結びつける」

笑いは大事なのです。笑につながる感情は人と人とをつなぐものです。
笑顔は他者に対して親しみやすさを感じさせるだけではありません。
自分にとっても大切です。

日常のささやかな出来事の中に楽しさや幸せを見つけてこそ笑顔になれるからです。すなわち笑顔でいることはポジティブ思考で生きていることになります。
前向きな考え方は自分に対する「勇気づけ」でもあります。

周りの人を和ませるためにはユーモアを磨くといいでしょう。相手はどんなことで笑ってくれるのかやってみるのです。実際に笑った時相手はとても楽しく明るい気持ちになったはずです。これも勇気づけになります。

しかしポジティブを間違えて捉えてはなりません。
根拠もなく笑顔でいましょうと言うのではないのです。
これはお気楽主義(楽天主義)の人考え方です。

日常生活を送っていると私たちには良い事も悪いことも起こるのが普通です。もしも悪いことが起きても冷静でいられ「何か最善策を考えよう」と思っていることを楽観主義と言います。アドラーも楽観主義の人でした。
楽観主義も自分への大事な勇気づけになるのです。

画像の説明

「意識と無意識は矛盾しない」

「帰ろうと思ったら仕事を頼まれて帰れなかった」
「ダイエットをしていたのについつい食べちゃった」
自分の理性ではわかっていてもその通りに行動できなかった時、私たちはついつい無意識のせいにしてしまいます。

しかしアドラー心理学では、意識と無意識には矛盾がないと見ます。

帰ろうとしていたのに仕事を引き受けてしまったのも自分ですし、食べたいと思って食べてしまったのも自分です。
「本当の自分はそうじゃない」と思うのは、言い訳に過ぎません。

アドラーは、意識と無意識、理性と感情、の矛盾をアドラーは否定し、お互いに相補うものとしました。
対立しない代わりに、理性と非理性の回路があると考えたのです。

目的に向かって進むときに私たちはどちらかの回路を選びます。
理性の回路は物事の本質を踏まえてから行動する回路、非理性の回路は感情のままに行動する回路です。

部下がいう事をきかなかったとして非理性の回路を使って「おまえなんかに仕事が任せられるか!」と他者を攻撃してしまうと関係が悪くなってしまいます。場の雰囲気も悪くなり喜んで協力へ向かうことができませんので、目的の実現が難しくなります。

何かの目標に向かって行動するときには理性の回路を使うことを心がけましょう。理性でも非理性でも目指す目的が同じであれば理性の回路を使ったほうがより効果的で得策です。
して感情的にならずに落ち着いて何を言いたいのかを伝えれば相手にも理解してもらえるでしょう。

画像の説明

劣等感を建設的に使う」

「すべての人は劣等感を持っている。しかし劣等感は病気ではない。むしろ健康で正常な努力と成長への過程である。」とアドラーは言っています。

アドラー自身がすぐ上の兄に対して劣等感を持ちながら育ってきた人です。
でもアドラーはその自分の劣等感をバネにしてアドラー心理学を確立したのです。

アドラーが述べているように、劣等感は誰でも持っています。劣等感を持っているのは健全であると言えるでしょう。

他者と比較したり自分の目標と現実の差に気が付くと劣等感を感じます。
ではその劣等感をどう使えばいいのでしょう。

劣等感に悩んで言い訳に使うこともできますし、劣等感をバネに人生をより良いものにすることもできます。

前者は非建設的であることはお分かりでしょう。後者は建設的であることは自明です。

劣等感に悩む必要はないのです。大きく成長する糧として劣等感を使えばいいのです。

たとえば「自分より先に出世した同僚」に対してうらやむだけで何もしないのではなく、「新しい企画を考えて追い抜けるようにする」「彼に負けない自分の得意分野を作る」など自分を高めるために努力するのです。

これがアドラーの言う「優越性の追求」です。

そして努力をしている自分を認めること。結果よりも過程に注目し、自分を成長させるために「劣等感」を使っていきたいものです。

「失敗を糧にする」

アドラーは「劣等感のアドラー」と言われるほど劣等感に注目していました。
「人間のすべての文化は劣等感上に基づいている」と言っています。人間は弱い存在であり非力です。そのことに気が付き道具を工夫し、科学や社会制度を発展させたというのです。理想通り行かず、あるいは他者と同じようにできず失敗すると劣等感を持ちます。

しかし劣等感情が向上心に結び付けば、次の行動への意欲と工夫が生まれるのです。

失敗すると劣等感に支配されて落ち込んだりしますが、冷静に考えれば失敗した時どんな状況になるのかという学びになります。また当事者の気持ちにもなれます。そのためこれからはより多くの人の立場に立って考えることができるようになるでしょう。

そして「次」はどうすればいいのかについて考えることができます。次に同じ失敗をしない、新たに成功への道を踏み出す、知恵と勇気を得ることができるのです。

人間関係の失敗には、喧嘩、失恋、仕事のトラブルなどダメージが大きいものがあります。でもその苦しみで人間関係が大きく成長できるのは確実ですし、傷つく痛みを知ることは良好な対人関係を築く糧になります。

恐れずに人間関係にチャレンジすることが大事です。そして難しいと自分が感じる人間関係にチャレンジした自分を認めて自分を勇気づけて行きたいものです。

感情のコントロール

アドラー心理学の方法論の中に「認知論」というのがあります。
人は起こった出来事をそれぞれのメガネをかけてみるということです。

認知論に基づいて考えれば、ある状況について人が抱く感情は人それぞれでその人の目的に沿っていると考えられます。

怒りや劣等感、期待、落ち込みなどの感情の多くはその人の目的と現実とのずれから生まれます。そしてその感情が他者に向けられるのです。

目的があって感情を使っているのですから、感情をコントロールすることは可能です。
そのためには前に記載した「理性的回路」を使う事。

相手に怒りを感じたとしましょう。その時もともとの目的を思い出すことでワンクッション置くことができます。

また行動面からは自分の傾向を知っているとコントロールしやすくなります。
お腹が空いた時、眠くなった時イライラしてしまうという傾向があれば、一口おなかに入れる、軽く寝るなどの対処で機嫌の悪さをコントロールすることは可能です。

自分で工夫して非理性的回路に進みそうになるのをストップできることも多々あります。
自分の感情に振り回されないようにしましょう。

画像の説明

「身近な人に自己主張する習慣をつける」

感情のコントロールができるようになれば自己主張できることも人間関係を快適にするには大事な要件になります。

夫婦や親子、職場の人間関係など身近な人間関係ほど、自分の要求を冷静に相手に理解できるようにしていう事は、これから先自分が生き易くなるには必要なことです。

もちろん表情や態度などの非言語コミュニケーションも必要ですけれど、口からはっきり出てくる言葉こそ最も的確で正確な方法であることです。

特に一番近い間柄である夫婦でも主張的であることはとても大切だと思います。黙っていても分かり合える関係であることが望ましいと思いがちですが、違う家庭で育ち、新しい家庭を作っていくのですから、結婚生活の創めには多くのことを違って解釈していることはあり得ることです。

それを言葉でやり取りして意思の疎通を図る。それは日常の細々としたことから始まって夫婦の愛の営みまでお互い同士してほしい事、してほしくないことを相手に伝えるという努力をしなければならないのです。

ほとんどの人間関係のトラブル・親子の問題も夫婦の問題も職場の人間関係も首長制の問題と関わりがあります。主張的な人間関係を身に着けることで感情的なトラブルの多くのなくなっていくはずです。

感情をコントロールするというのは、感情そのものをなくすのではなく主張的な感情を使わなくて済む方法を身に着けることです。

感情を使わずに理性的にコミュニケーションすることが出来れば、その結果として夫婦関係、親子関係、職場の人間関係はいつも穏やかなプラスの感情でおこなわれることになります。良い人間関係の実現のためには一つの大事な方法であることはいうまでもありません。

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional