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自分を苦しめる思考

自分を苦しめる思考

アドラー東北のセミナーや勉強会には、身近な人間関係の多くの悩みを抱えた方たちがいらしてくださっています。

お子さんが学校へ行かなくなった、自分のいう事をきいてくれない、いつも怒ってばかりいる。

主人との仲がうまくいかない、舅や姑と一緒に暮らしているがとても嫌な気持ちで毎日を暮らしている。

職場の人間関係がギスギス・ピリピリしてとても居心地が悪い。

などなどとてもお辛い思いをされて自分の気持ちの持っていきどころがなくなり、いらっしゃる方がほとんどです。

いらした途端に、初対面の皆様の前でご自分のことをお話になりながら涙を流されることも多いです。

どうしてそこまで我慢してしまったのか、そこに行くまでに様々ないきさつがあったことと聞いているこちらも大変心を痛めることが多いです。

お話をうかがっていると、自分で自分を知らないうちに苦しめる考え方をしているようです。

アドラー心理学では認知論という方法を用いて、あまりにもコモンセンス(常識)からかけ離れている認知(考え方の癖は修正したほうがよい)と考えます。

いままでの心理学では起こった出来事をある刺激(たとえば上司に怒鳴られた)にたいして反応(落ち込む・腹を立てる)などダイレクトにとらえていましたが、アドラーを源流とする現代心理学では、刺激と反応の間に「認知」(物事の捉え方)を入れてみるようになりました

この認知があまりにもゆがんでいると、ストレスを貯めやすかったり、他者との関係がうまくいきません。

また自分と他者に対する視点がネガティブで、できていないところや駄目なところに注目し、それを指摘する傾向があります。

また原因論を他者にあてはめることで「なんで?(なぜ?)」を連発し相手を追い詰めて関係を悪くする場合も多くあるように感じています。

これでは他者ともうまくいきませんし、自分の事も好きになれません。

他者とうまくいかなければつながることも、良い関係も築けませんし、そのことによってますます自分をダメな人間であると思い込み、嫌いになっていきます。

アドラー東北のサイトには感情のコントロールや認知についてなど役に立つ情報がたくさんありますのでどうぞご活用していただき、アドラー心理学であなたの生き易さを実現してくださいね。

現代に欠けている二つの要素ー自己受容とつながり感覚

現代の心を病む人の増加・自殺者の増加は
「自己受容」と「つながり感覚」という二つの要素の欠如
がその背景にあると考えられています。
心の健康は、体の健康のように悪いところをとってしまえば回復へ向かうというように簡単にはいきません。長い治療と取り組み、周りの理解が必要になります。

アドラー心理学を学ぶことで、心の健康を損なう前に早目に自分の心の健康を保つ工夫ができるのです。

自己受容」とは?

―自分には欠点もあるけれどそういう部分も含めて自分が好きと言えること

セミナーにおいでくださる方たちは自己受容ができておられないことが多いです。
自分の良いところがたくさんあるのにその良いところではなく、できていないところ悪いところにばかり目が行き「自分は駄目な人間だ」と思っています。

これは自分の勇気くじきと言えます。自分で自分の勇気を削いでいるので、いざ困難な事態に直面した時にそれを克服する「勇気」が持てないでいるのです。

アドラー心理学は「勇気づけ」の心理学です。

勇気づけ」により自分が勇気を得て、また他者に勇気づけられてさらに勇気を得、自分の好きをたくさん見つけられるよう視点を変えていきます。
まずは「自分が好き」と言えることーそれが何より現代の心の健康には大事です。

自己受容している人はいざというときに「困難を克服する勇気」を持てる人です。

つながり感覚とは?

東日本大震災以来「絆」という言葉が多く聞かれるようになりました。自分を検証する意味で一つ考えてみましょう。

あなたがもし今の仕事をやめたとして、その後付き合いをする親しい友人・近隣・家族に恵まれていると考えられますか?

イエスなら問題はないと思います。なぜなら他者とつながり感を持てているからです。

それではノーという答えが出てきた方、今からでも遅くありませんので家族との絆、近隣や地域社会との絆、仕事を離れた趣味などの友人とのつながり、大事にしていくことを考えてみませんか?

他者とつながるということはもちろんいいことばかりではありませんが、社会という共同体の一員である以上、人は一人では生きてはいけないのです。
そして自分がそのグループや集団の一員であるという感覚があなたの精神的な健康を保つことに役立ちます。

いつからでも遅いということはありません。ぜひ今まで疎かにしてきたと感じておられたなら自分の身近な人間関係を見直して、つながることのうれしさを感じられるような人間関係を築いておくようにしたいものです。

心の健康を損ねる信念

人は誰でも信念ー自分の今までの経験やその経験によってつくられた考え方のクセを持っています。
その信念があまりに偏っていると他者との関係であまりうまくいかない状況を作り出していることがあります。

特に日本人には特有の価値観があり、その社会背景が大きく影響していることもあり、自分の持っている考え方が本当にそうなのか?それは他者との関係にどう影響しているのか?考えてみることで心の健康に役立つことが多いと感じています。
以下心の健康を損ねる可能性のある信念についてあげておきますので、ご自分の持っている信念について考えてみましょう。

嫌われてはならないという信念

日本人の国民性が大きく影響しているのが「嫌われること」を極度に恐れ「みんなと仲良くしていかなければならない」という信念です。

私たちは子供のころから、両親や先生たちに「みんな仲良く」と教えられてきました。

日本人にとって好かれる・嫌われるということは、ほかの国では考えられないほどの重大事です。

政治的に見ても強硬な意見を押し通したり相手を怒らせたりするような発言や要求をすることはほとんどありません。

仕事場でもお客様に気に入られるように、上司の機嫌を損ねないようにということが最優先の事柄です。

ただ「嫌われない」「好かれたい」も程度の問題だと考えられませんか?
全部の人・すべての関係で嫌われたくない&好かれたいと思うのは実際には実現不可能です。

オールは理想ではありますが、それぞれ人は違うのですし好みの問題もあります。
相性の良い&悪いは誰でもあることです。

相性というのは理屈ではなく、理性ではどうにもならないこともあるのです。

みんなと同じでなければならないという信念

ある本にこんなジョークが書いてあります。

今にも沈没しそうな大型客船で救命ボートは乗客数に比べて少なく、男性たちは犠牲にならざるを得ない状況に追い込まれています。

そんなときお国柄が出るのです。

イギリス人には「あなたはジェントルマンですよね。」と言います。そうするとその男性は海へ自分から飛び込みます。

イタリア人には「あなたは決して海へ飛び込んではいけませんよ」と言います。そうすると逆らって飛び込むのです。

ドイツ人には「上官の命令です。」
アメリカ人には「保険にたっぷり入っているから安心です。」と
伝えます。

それでは日本人にはなんと声をかけるのでしょうか?

「あれ?あなたはまだ飛び込んでいないのですか?みんな飛び込んでいますよ。」

このように日本人は他者に遅れまいとするあまり同質的な行動パターンをとるのです。

「みなと同じでなければならない」という信念は、同調圧力を伴う強迫観念でしょっちゅう他者を気にし、人と違うことをやることにブレーキをかける作用をもたらします。

この信念は感情面では羨望の念を強くし、独自性を避けるようになります。

「出る杭は打たれる」というように、誰か一人が同質集団から頭をもたげるような兆候があると羨望を伴って頭を打ちますし、個性的であろうとすると集団から排除する作用が働きますので、排除されないように自分を抑制する心理が働きます。

こういった心理作用は、集団の平均にレベルを合わせるため、成長や進歩、建設的な競争を妨げる要因になるのです。

本来自分の持っている個性を生かしてふんだんに力を発揮できるはずの人が、普通になろうとして力の出し惜しみをしようとします。

横並びの発想で、自分にブレーキをかけるので心理的にかなりの影響を受けます

ひとりひとりが自分の個性を活かし、他者を気にせずに同調圧力に屈しないためには、ある程度の「個性人」になるという気持ちが必要です。

地域性や慣習など、ある程度の同調は仕方がないにしても、それ以外ではどんどん個性を発揮しましょう。

一番でなければならないという信念

学歴社会の日本では「優越」を目指す価値観が大事にされて久しいです。
学歴社会から外れるとまるで人生がすべてダメになったようなニュアンスさえ人によっては覚えてしまうようです。

一番を目指すことは、勝ち負けを作ります。一部のエリートを生むかもしれませんが、その分多くの脱落組を作ります。

脱落したと感じている人たちは勇気をくじかれていますので、不登校や引きこもり、NEET、フリーターの多くにその現実を見ることができます。

一番であることを重視する発想も必要かもしれませんが、自分の強みを活かすオンリーワンの発想があれば、もっと自分らしさを大事にする人が増えていくように感じています。

感情を表してはならないという信念

日本人の傾向として感情的になることをあまり良しとしない風潮があるかと思うのですが、それは無理やり自分の気持ちを我慢する、蓋をすることにつながり、自然なことではないのではと私は考えます。

またネガティブな感情を持つこと事体良いことではないという考え方もあるようですが、人として自然であることは逆に大事だと思うのですがいかがでしょうか?

たとえば理不尽なテロで大勢の方たちが亡くなったりした報道を見て怒りや悲しみを覚えるのは自然の事でしょう。

要するに自然に湧き上がってくるネガティブな感情を自分でどう使っていくのかということが大事かと思います。

アドラー東北では「感情」に特化した特別セミナーで「感情コントロール」について取り上げますが、自分の感情をどう使うのかを持て余している方が多いからでもあります。

共同体にとって、また感情を使う側使われる側の2者にとって建設的か非建設的か、役立つのか役立たないのかということが一番の鍵になると言えるでしょう。

自分はうまくいくはずがないという信念

悲劇のヒロインという言葉があるように、私たちの中には多少なりとも「不幸な物語」への誘惑があるようです。

どういうわけか妻のいる人ばかりを好きになってしまうなど、世の中を見渡せばいくらでも自分が不幸になる選択をして「可哀想な自分」と自分の価値を下げている人はおられると思います。

未婚の人と出会い、今度はうまくいっているのにわざわざ「自分には合わない」「今までも結婚している人としか付き合ったことがないし」など過去の経験を持ち出して現実をねじ曲げ、悲劇的・破壊的方向へ行くのです。

そういった方の心の底には「自分がこんなに幸せになるのはおかしい」といったような「不幸であること」が「自分の当たり前」であって、うまくいっていないことが居心地がよく、それが当然といった嗜好が見受けられるのです。

他者関係に悩んでおられる方もそうです。
自分にとって他者との関係がうまくいかないのが普通であって、それが自分にとっての居心地の良さになっていたりします。

最終的にはこの思考パターンを変えないといつも同じ「自滅的行動」に走ってしまうようです。

これらを回避するには4つの行動があげられるでしょう。

①不幸な物語を卒業する決意をする
②立ち止まって考えること
③自分と相手にOKであるようにふるまう事
④幸福な物語を自分で創りそれを楽しむこと

アドラー東北ではライフスタイルの診断等を通して、こういった様々な不具合を起こしている思考を探り出し、ともに新しい自分の習慣を創りだす幸福への道筋へ導くお手伝いをしています。

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